『維新史』 維新史 4 p.497

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左の如く御沙汰あらせられた。, く討伐の師を差し向け、抗命の者を征討する次第であると奏聞した。是に對し, 從軍の諸藩も亦逐次部署に集結したのであつた。, 被思食候。速奏追討之功奉安宸襟候樣、討手諸藩へも可申聞之旨、御沙汰候事, 毛利大膳父子裁許之儀、先般經天聽、其末申達候處、及違背候ニ付、問罪之師差向, した。更に五日には先鋒總督徳川茂承は軍艦光明丸に搭じて廣島に到著した。, 長州藩の幕命拒絶の報京都に達するや、六月七日一橋慶喜・松平定敬は參内し, 候旨、遂奏聞、被聞食候。大樹ニは長々滯坂、此上模樣ニ寄、進發二も可及、大儀ニ, 幕府に於いては是迄長州藩情を斟酌し、努めて寛大の措置を取らんとしたるも、, に著し、六月二日には小笠原長行は九州方面監軍の爲、宇品港より軍艦翔鶴丸に, 斯く朝命を遵奉せず、幕命に違背する上は、國家の大法相立たざるを以て、餘儀な, も同日四國方面指揮として大坂を發, に至つた。此の間老中本莊宗秀, は先鋒副總督として五月二十八日廣島, 搭じて小倉に向ひ、若年寄京極高富, (久邇宮家文書), 先に石州路發向を命ぜら, 伯耆守, れたが後斯く改めらる, 宮津藩主, 峰山藩士, 主膳下, 征長軍指, 討伐の師, 揮者の赴, 進發の奏, 御沙汰書, 聞, 任, 第三章第二囘征長の役第二節小笠原長行の西下と征長軍の出動, 四九七

割注

  • 先に石州路發向を命ぜら
  • 伯耆守
  • れたが後斯く改めらる
  • 宮津藩主
  • 峰山藩士
  • 主膳下

頭注

  • 征長軍指
  • 討伐の師
  • 揮者の赴
  • 進發の奏
  • 御沙汰書

  • 第三章第二囘征長の役第二節小笠原長行の西下と征長軍の出動

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  • 四九七

注記 (31)

  • 818,585,55,875左の如く御沙汰あらせられた。
  • 930,584,58,2277く討伐の師を差し向け、抗命の者を征討する次第であると奏聞した。是に對し
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