『維新史』 維新史 4 p.725

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城の手記に、, 與せしむべく大政奉還論を抱いてゐたのである。偶〻土州藩士後藤象二郎の上, 政治の〓陷を憂ひ、須く政令を一途に出でしめ、天下の人材を拔擢して政治に參, 稱して二條城に赴かず、長州處分に關する建白を呈したのである。, 郎は此の議を藝州藩に諮つた。即ち六月二十六日象二郎は將曹と會見し、互に, 京に際して、土州藩と薩州藩との間に大政奉還建白に關する盟約が成るや、象二, 胸襟を開いて談じた結果、將曹も亦、象二郎の意見に同意したのである。伊達宗, とするや、藝州藩世子淺野茂勳, とあり、藝州藩が唱へし大政奉還論と象二郎の懷ける説と殆んど同樣なること, 六月二十七日、於藝父子家老抔申談候處ハ、粗象次郎議スル處ト同意ニ而、將曹, 藝州藩には、夙に政權奉還論を唱ふるものがあり、殊に同藩家老辻將曹は幕府, し、以て時局の安泰を圖らうとした。茂勳は慶應三年六月五日入京したが、病と, 曩に島津久光が福井・土州・宇和島三老侯と共に上京し、大いに國事に盡力せん, モ昨日後藤ト會集談合之由、及密話、辻頗憤發也。(伊達宗城在京日記), も亦、上京して幕府に長州處分に關して建言, 第十六編第三, 章第二節參照, 紀伊守, 後長勳, 淺野茂勳, 上京, 第二章徳川慶喜の大政奉還第一節土藝二藩士の運動, 第二章徳川慶喜の大政奉還, 七二五

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  • 第十六編第三
  • 章第二節參照
  • 紀伊守
  • 後長勳

頭注

  • 淺野茂勳
  • 上京

  • 第二章徳川慶喜の大政奉還第一節土藝二藩士の運動
  • 第二章徳川慶喜の大政奉還

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  • 七二五

注記 (24)

  • 699,577,58,335城の手記に、
  • 1165,573,76,2284與せしむべく大政奉還論を抱いてゐたのである。偶〻土州藩士後藤象二郎の上
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