『維新史』 維新史 5 p.221

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盆〻官軍に反抗せんとしたのである。, 次第に人心の平靜に赴くを待たんとしたが爲であり、又一は當時官軍の兵力, は彰義隊を攻撃するに十分ならず、加ふるに軍資金も漸く缺乏を告げ、士氣も, を慰撫して解散を命じた。併し隊士は是に耳を藉さず、覺王院義觀と結んで、, より上野に移さんとして、兵を以て上野を圍んだ時の如きも、覺王院義觀及び, 裁勝義邦に委任して、大いに人心收攬に努めた。慶頼・忠寛・義邦等は、彰義隊士, 及び寛永寺僧侶の言動が究極累を徳川家に及すべきことを〓れ、〓りに隊士, 亦稍〻弛緩してゐたが爲である。されば北陸道先鋒總督府が其の本營を淺草, 彰義隊の主張を容れて、間もなく其の圍を解いたのであつた。加之東征大總, れ一は江戸の士民を困〓に陷れんことを慮つて、努めて事端の發生を囘避し、, 督府は閏四月二日、江戸の鎭撫取締を田安慶頼及び若年寄大久保忠寛・陸軍總, た。仍つて朝廷は四月二十七日、軍防事務局權判事大村盆次郎, 事に任じ、之を江戸に遣して大總督を輔けしめられた。盆次郎は江戸に著す, 是より先佐賀藩士江藤新平は、上京して具さに江戸の情勢を朝廷に言上し, を同判, 永敏, 長州藩士, 大村盆次, 郎の東下, 第十九編戊辰の役, 二二二

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  • 永敏
  • 長州藩士

頭注

  • 大村盆次
  • 郎の東下

  • 第十九編戊辰の役

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  • 二二二

注記 (21)

  • 597,521,59,1064盆〻官軍に反抗せんとしたのである。
  • 1621,526,70,2319次第に人心の平靜に赴くを待たんとしたが爲であり、又一は當時官軍の兵力
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  • 704,516,65,2348を慰撫して解散を命じた。併し隊士は是に耳を藉さず、覺王院義觀と結んで、
  • 1276,526,68,2315より上野に移さんとして、兵を以て上野を圍んだ時の如きも、覺王院義觀及び
  • 933,520,67,2323裁勝義邦に委任して、大いに人心收攬に努めた。慶頼・忠寛・義邦等は、彰義隊士
  • 819,527,65,2317及び寛永寺僧侶の言動が究極累を徳川家に及すべきことを〓れ、〓りに隊士
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