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伐の議を決したのである。, を揚げた。, るに彰義隊士は大總督府の強硬態度を見て、却つて敵愾心を高め、輪王寺宮を, 對して出頭を命じたが、義觀は之すら拒絶して命を奉じなかつた。茲に至つ, させられたのであるが、覺王院義觀は宮が御不例なりと稱して之を辭退した。, 江戸取締の任を解き、巡邏警衞の權を全く官軍の掌中に收めるに至つた。然, 觀は再び宮の御不例を辭柄として之を阻んだ。止むなく大總督府は義觀に, 議を主張した。是に於いて大總督府の態度は一變し、五月朔日、田安慶頼等の, 事を取計はんとせられた。即ち五月三日大總督宮は輪王寺宮を江戸城に召, 奉じて斷然官軍と雌雄を決せんとし、〓りに官軍の兵を〓傷して大いに氣勢, るや彰義隊の暴状と官軍の無氣力とを見て憤〓し、斷乎として彰義隊掃蕩の, て大總督府は義觀等の無禮を憤り、彰義隊士の暴行に激〓して、遂に彰義隊討, 翌四日大總督府參謀西四辻公業等は、寛永寺に赴いて宮に面〓を請うたが、義, 大總督宮熾仁親王は深く輪王寺宮の御身の上を案じ給ひ、其の京都還御の, 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擾と徳川家處分, 二二三
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- 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擾と徳川家處分
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- 二二三
注記 (16)
- 361,508,57,780伐の議を決したのである。
- 1283,510,53,277を揚げた。
- 1506,510,61,2319るに彰義隊士は大總督府の強硬態度を見て、却つて敵愾心を高め、輪王寺宮を
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- 931,509,60,2340させられたのであるが、覺王院義觀は宮が御不例なりと稱して之を辭退した。
- 1621,511,61,2320江戸取締の任を解き、巡邏警衞の權を全く官軍の掌中に收めるに至つた。然
- 700,506,64,2320觀は再び宮の御不例を辭柄として之を阻んだ。止むなく大總督府は義觀に
- 1736,507,61,2315議を主張した。是に於いて大總督府の態度は一變し、五月朔日、田安慶頼等の
- 1046,506,61,2328事を取計はんとせられた。即ち五月三日大總督宮は輪王寺宮を江戸城に召
- 1391,503,61,2327奉じて斷然官軍と雌雄を決せんとし、〓りに官軍の兵を〓傷して大いに氣勢
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