『維新史』 維新史 5 p.223

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して一書を寄せられ、彰義隊討伐の趣旨を述べさせられ、宮の御立退を要請し, 給うた。又徳川龜之助, つては遂に奈何ともすることは出來なかつた。, 財ヲ掠奪シ、盆兇暴ヲ逞シ、以テ官軍ニ抗衡ス。實ニ不可赦之國賊也。故ニ, と仰出され、更に龜之助に命じて寛永寺内にある徳川家の位牌・什器を他に移, 候事。, 過日以來旗下末々心得違之者、朝廷寛仁之御趣意不奉拜戴、主人慶喜恭順之, 大總督府に攻撃の猶豫を歎願し、又極力彰義隊を鎭撫せんとしたが、事茲に至, 斯くて五月十四日、大總督府は官軍の諸隊長に令して、翌十五日を以て彰義, に對しては、, 意ニ背キ、謹愼之身ヲ以〓走ニ及ヒ、上野山内其外所々屯集、官兵ヲ暗殺シ民, さしめられたのである。田安慶頼は事態の切迫せるに驚き、靜寛院宮と共に、, 不被爲得止明十五日誅伐被仰出候。此段爲心得可相達旨、大總督宮御沙汰, 隊の討伐を決行すべきことを命じた。是に於いて大總督宮は輪王寺宮に對, 既にして大村盆次郎は、周到な作戰計畫を樹てて、著々上野包圍の準備を整, 候事。(江城日誌, (江城日誌), 田安慶頼の子、閏四月, 二十九日徳川家相續, 伐決定, 官軍の部, 彰義隊討, 署, 第十九編戊辰の役, 二二四

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  • 田安慶頼の子、閏四月
  • 二十九日徳川家相續

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  • 伐決定
  • 官軍の部
  • 彰義隊討

  • 第十九編戊辰の役

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  • 二二四

注記 (25)

  • 1499,520,64,2323して一書を寄せられ、彰義隊討伐の趣旨を述べさせられ、宮の御立退を要請し
  • 1389,521,58,685給うた。又徳川龜之助
  • 356,529,57,1409つては遂に奈何ともすることは出來なかつた。
  • 1038,593,62,2237財ヲ掠奪シ、盆兇暴ヲ逞シ、以テ官軍ニ抗衡ス。實ニ不可赦之國賊也。故ニ
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