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奏聞之儀伏而奉懇願候。, 福井藩等に託して是が奏聞を依頼した。曰く、, 親征被仰出候段遙に奉伺、誠以驚愕之至、奉惱宸襟候條、重々恐入奉存候。京, 屆之所致御座候間、何卒慶喜儀寛大之思召を以御取扱被成下度奉願候。容, 保儀ハ退隱之上在所へ引退き、恭順謹愼御沙汰奉待候。右之趣宜御執成御, 重任に就いてより後、闔藩國事に盡瘁し、尊王の誠を致し、畏くも孝明天皇の籠, 蒙り、冥加至極奉存候。然る處宗家慶喜以下不束之次第に而天怒に觸れ、御, 不肖之容保謹而奉言上候。去戌年以來在京奉職仕候處、不圖も無限天恩を, 座、畢竟容保上慶喜を輔翼して不能安宸襟、下は頑固疎暴之家臣共、制御不行, と。同時に會津藩の家臣は長文の陳情書を添へて、曩に容保が京都守護職の, 是より先前會津藩主松平容保は二月十六日江戸を發して歸藩の途に就き、, 都之儀は容保專職に有之、今日之形勢に立至り候段旁以何共可申上樣無御, 二十三日會津若松に著いた。, 〓を辱うし奉つたことを述べ、更に鳥羽・伏見の戰に於いて容保が朝敵の汚名, 江戸を發するに臨み、容保は謝罪状を, 奏聞之儀伏而奉懇願候。(戊辰日記, (戊辰日記), 第十九編第二, 章第二節參照, の謝罪状, 松平容保, 第十九編戊辰の役, 二四六
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- 第十九編第二
- 章第二節參照
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- の謝罪状
- 松平容保
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- 第十九編戊辰の役
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- 二四六
注記 (23)
- 607,614,59,700奏聞之儀伏而奉懇願候。
- 1520,545,64,1420福井藩等に託して是が奏聞を依頼した。曰く、
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