Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
典祿千八百石を賜り、征韓論分裂以後は國家の二大柱石として、三條太政大臣・, や共に逝いて、廟堂の陣容は轉た寂寥を感ぜしむるものがあつた。併し乍ら, の斷行に依り、中央集權の實が擧がるに伴ひ、内治は愈〻整備し、外交亦伸張し、國, 岩倉右大臣を輔佐し、其の識見力量は固より一世の畏敬する所であった。今, て其の偉勳を追賞あらせられた。孝允・利通は共に王政復古の功臣として賞, 的に向つて邁進し、國内の擾亂亦全く鎭定して、政府の基礎は却つで強固に、國, 幾多の俊英は此等先輩の偉業を繼承し、聖天子を輔佐して、近代國家建設の目, 運は愈く隆昌を加ふるに至つたのである。, 明治の新政は既に王政復古の實現當時其の緒に就いたが、其の後廢藩置縣, 運は愈〻隆昌に赴くこととなつた。今内治に就いて見るに、政治・思想・經濟の各, 一教化運動と學制の頒布, 第二節内治の整備, 治の整備, 於ける内, 廢藩後に, 伸張, と外交の, 第二十二編封建制度の撤廢, 八〇二
頭注
- 治の整備
- 於ける内
- 廢藩後に
- 伸張
- と外交の
柱
- 第二十二編封建制度の撤廢
ノンブル
- 八〇二
注記 (19)
- 1631,552,86,2350典祿千八百石を賜り、征韓論分裂以後は國家の二大柱石として、三條太政大臣・
- 1404,551,82,2332や共に逝いて、廟堂の陣容は轉た寂寥を感ぜしむるものがあつた。併し乍ら
- 334,535,88,2322の斷行に依り、中央集權の實が擧がるに伴ひ、内治は愈〻整備し、外交亦伸張し、國
- 1515,552,86,2330岩倉右大臣を輔佐し、其の識見力量は固より一世の畏敬する所であった。今
- 1745,559,82,2329て其の偉勳を追賞あらせられた。孝允・利通は共に王政復古の功臣として賞
- 1177,543,79,2330的に向つて邁進し、國内の擾亂亦全く鎭定して、政府の基礎は却つで強固に、國
- 1291,542,82,2338幾多の俊英は此等先輩の偉業を繼承し、聖天子を輔佐して、近代國家建設の目
- 1081,548,62,1208運は愈く隆昌を加ふるに至つたのである。
- 447,598,86,2266明治の新政は既に王政復古の實現當時其の緒に就いたが、其の後廢藩置縣
- 220,534,84,2323運は愈〻隆昌に赴くこととなつた。今内治に就いて見るに、政治・思想・經濟の各
- 577,971,66,819一教化運動と學制の頒布
- 824,892,69,711第二節内治の整備
- 403,287,39,164治の整備
- 448,286,40,163於ける内
- 490,285,41,162廢藩後に
- 318,284,39,78伸張
- 359,287,40,159と外交の
- 1883,699,46,682第二十二編封建制度の撤廢
- 1864,2397,46,117八〇二







