『維新史』 維新史 5 p.799

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典祿千八百石を賜り、征韓論分裂以後は國家の二大柱石として、三條太政大臣・, や共に逝いて、廟堂の陣容は轉た寂寥を感ぜしむるものがあつた。併し乍ら, の斷行に依り、中央集權の實が擧がるに伴ひ、内治は愈〻整備し、外交亦伸張し、國, 岩倉右大臣を輔佐し、其の識見力量は固より一世の畏敬する所であった。今, て其の偉勳を追賞あらせられた。孝允・利通は共に王政復古の功臣として賞, 的に向つて邁進し、國内の擾亂亦全く鎭定して、政府の基礎は却つで強固に、國, 幾多の俊英は此等先輩の偉業を繼承し、聖天子を輔佐して、近代國家建設の目, 運は愈く隆昌を加ふるに至つたのである。, 明治の新政は既に王政復古の實現當時其の緒に就いたが、其の後廢藩置縣, 運は愈〻隆昌に赴くこととなつた。今内治に就いて見るに、政治・思想・經濟の各, 一教化運動と學制の頒布, 第二節内治の整備, 治の整備, 於ける内, 廢藩後に, 伸張, と外交の, 第二十二編封建制度の撤廢, 八〇二

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  • 治の整備
  • 於ける内
  • 廢藩後に
  • 伸張
  • と外交の

  • 第二十二編封建制度の撤廢

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  • 八〇二

注記 (19)

  • 1631,552,86,2350典祿千八百石を賜り、征韓論分裂以後は國家の二大柱石として、三條太政大臣・
  • 1404,551,82,2332や共に逝いて、廟堂の陣容は轉た寂寥を感ぜしむるものがあつた。併し乍ら
  • 334,535,88,2322の斷行に依り、中央集權の實が擧がるに伴ひ、内治は愈〻整備し、外交亦伸張し、國
  • 1515,552,86,2330岩倉右大臣を輔佐し、其の識見力量は固より一世の畏敬する所であった。今
  • 1745,559,82,2329て其の偉勳を追賞あらせられた。孝允・利通は共に王政復古の功臣として賞
  • 1177,543,79,2330的に向つて邁進し、國内の擾亂亦全く鎭定して、政府の基礎は却つで強固に、國
  • 1291,542,82,2338幾多の俊英は此等先輩の偉業を繼承し、聖天子を輔佐して、近代國家建設の目
  • 1081,548,62,1208運は愈く隆昌を加ふるに至つたのである。
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