『保古飛呂比』 保古飛呂比 7 明治9年~同10年 p.250

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

今以テ不明、故ニ兩名共未ダ縛スル不能云々、, をも失し、舊里の全價を下落せしむるを憂ふるより生出し、且當時戰地の景況を見るに、人民の塗, 炭實二見るに不忍、是れ皆不平士族非軍の釀する處、亦可悲情態二付、萬一舊里二於て兵を動す之至, にかけて見るが如し、然は、獨り舊朝廷の御不爲而已ならず、舊主君の大恥辱、從て我徒の權利, れ強く、母成峠・會津攻城を極苦と心得、板垣が自惚戰略の説教二被惑、僅々たる腕力を試み、忽, 一谷氏ヨリノ書簡、左ノ通リ、, 本縣の事に汲々たる、餘儀二無之、彼の舊士官輩を初め、曾て戊辰の役の事を極度と心得、うぬぼ, かる處二非ず、其中尤可恥一事は、建白のことなり、衆人の見る處二不違、陰に意を通じ、陽に建, は、無辜の良民を困ましむる必然二付、何分二も戰端を不開樣致度存候、故こ過日北川柳藏差遣, 見致候處、片岡健吉深く關係致居候樣子、實二驚入申候、就て、板垣は彼社祖師たれば、素より〓, こ安心、最早憂るに不足、必竟、貴官方非常の御勉強二依る處、尤本縣の大幸に御坐候、劣生頗る, ち微塵にせられ、此度福岡・山口・中津の如く、一大隊二も足らぬ兵員こて、伐散され候こと、鏡, し、申含めし事有之、定て御聞取と被存候、將村松・藤兩人捕縛の口供、西郷中將より相廻り、披, 此度、田中雄成を以て、縣下情況委曲御申越、承知致候、貴官不御更御勇壯御盡力、幸二我輩も大, 島村少尉赤岡近村へ出張ノ處、午後十時過歸館、因テ著手ヲ問フ、然ル處、兩氏共、, 右不在、, 永ヲ指、, 大石・富, 卷三十九明治十年(七月), 二五一

割注

  • 永ヲ指、
  • 大石・富

  • 卷三十九明治十年(七月)

ノンブル

  • 二五一

注記 (20)

  • 1692,547,58,1096今以テ不明、故ニ兩名共未ダ縛スル不能云々、
  • 794,600,66,2369をも失し、舊里の全價を下落せしむるを憂ふるより生出し、且當時戰地の景況を見るに、人民の塗
  • 685,589,66,2379炭實二見るに不忍、是れ皆不平士族非軍の釀する處、亦可悲情態二付、萬一舊里二於て兵を動す之至
  • 904,601,66,2371にかけて見るが如し、然は、獨り舊朝廷の御不爲而已ならず、舊主君の大恥辱、從て我徒の權利
  • 1126,604,66,2368れ強く、母成峠・會津攻城を極苦と心得、板垣が自惚戰略の説教二被惑、僅々たる腕力を試み、忽
  • 1584,513,55,695一谷氏ヨリノ書簡、左ノ通リ、
  • 1237,602,65,2370本縣の事に汲々たる、餘儀二無之、彼の舊士官輩を初め、曾て戊辰の役の事を極度と心得、うぬぼ
  • 243,595,67,2370かる處二非ず、其中尤可恥一事は、建白のことなり、衆人の見る處二不違、陰に意を通じ、陽に建
  • 572,605,68,2365は、無辜の良民を困ましむる必然二付、何分二も戰端を不開樣致度存候、故こ過日北川柳藏差遣
  • 357,587,63,2376見致候處、片岡健吉深く關係致居候樣子、實二驚入申候、就て、板垣は彼社祖師たれば、素より〓
  • 1345,613,68,2356こ安心、最早憂るに不足、必竟、貴官方非常の御勉強二依る處、尤本縣の大幸に御坐候、劣生頗る
  • 1013,597,68,2378ち微塵にせられ、此度福岡・山口・中津の如く、一大隊二も足らぬ兵員こて、伐散され候こと、鏡
  • 462,598,68,2368し、申含めし事有之、定て御聞取と被存候、將村松・藤兩人捕縛の口供、西郷中將より相廻り、披
  • 1460,600,67,2378此度、田中雄成を以て、縣下情況委曲御申越、承知致候、貴官不御更御勇壯御盡力、幸二我輩も大
  • 1795,548,66,1995島村少尉赤岡近村へ出張ノ處、午後十時過歸館、因テ著手ヲ問フ、然ル處、兩氏共、
  • 1793,2765,52,182右不在、
  • 1779,2567,41,136永ヲ指、
  • 1823,2572,41,159大石・富
  • 152,694,46,665卷三十九明治十年(七月)
  • 148,2578,44,108二五一

類似アイテム