『保古飛呂比』 保古飛呂比 8 明治11年~同12年 p.298

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敢て請ふ、示教あらん事を、頓首再拜、, の厚きを御感戴被遊、舊臣等と共に其慶に依るの御事に御坐候はゞ、公平を旨とし、即今奏任以上, 是亦當時勤儉の勅諭も有之、右の御運びに不至、全く平素の御懇情相蒙り候者に限り、御招ぎの, 候者も有之譯にて、山内家に於ても取捨困難と被察候、就ては、今般御催しの御趣意、朝廷特旨, 今一應御熟考被下度、窃に老台に對し愚論を吐露す故に、谷氏に廻さず、先づ老台の賢慮を仰く、, とか、其他舊御臣下の中格別御懇命を蒙り候者共、平生の黨派門地に不拘、盛念御催の方可然歟、, は、長州は斯くありしに、我公は斯くなりしなどの不平旁々失望する事あらんとす、山内家の爲め, 本縣學校其他の事件に付、御相談旁御催しの事に候はゞ、人員に依り、意見も可有之と相考へ申候、, 々、篤と勘考仕候處、何分加除の見込も相立兼申候、抑本縣より出身候者は數多有之候へ共、元と, 思召なれば、加除の儀は前久米に任せ、劣生輩の關係せざる事に致し度、若し又今般の御昇進に付、, 竊に願ふ所は、他日右等の事に付、異論を示す事なく、公平の御取扱に相成候樣有之度、只恐らく, 輕輩にて、藩制中は御目通も、不仕者も今日は顯官に拔擢され、普代恩顧の者と雖も、困窮に陷り, に考ふるに、〓來舊君家の恩を忘れず、御機嫌奉伺候者を數ふるに、僅々十一名に不過とは、實に, 愕然たるのみ、況んや中には決して腹心を吐露し難く、兩端を持する者有るに於てをや、是等の所, 中村弘毅生, 、月廿一日中村弘毅, (明治十二年), 六月廿一日, 卷四十四明治十二年(六月), 二九八

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  • (明治十二年)
  • 六月廿一日

  • 卷四十四明治十二年(六月)

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  • 二九八

注記 (20)

  • 392,599,57,929敢て請ふ、示教あらん事を、頓首再拜、
  • 1498,608,56,2356の厚きを御感戴被遊、舊臣等と共に其慶に依るの御事に御坐候はゞ、公平を旨とし、即今奏任以上
  • 1278,602,58,2357是亦當時勤儉の勅諭も有之、右の御運びに不至、全く平素の御懇情相蒙り候者に限り、御招ぎの
  • 1606,599,59,2365候者も有之譯にて、山内家に於ても取捨困難と被察候、就ては、今般御催しの御趣意、朝廷特旨
  • 503,599,57,2335今一應御熟考被下度、窃に老台に對し愚論を吐露す故に、谷氏に廻さず、先づ老台の賢慮を仰く、
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