『保古飛呂比』 保古飛呂比 7 明治9年~同10年 p.210

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

めば全く靖獻社の建白こても可有之哉、我輩去る午年三條家へ建白せし趣意之似たる處も有之、, 氏は素より關係ノ事も有之、實二抱腹之不堪、可言時之不言、卻て國家の多難を幸として、種々の, 其他臺灣の事、朝鮮の事、千島の事等、皆我が既ニ政府ニ建白せし糟粕こて、過去の事而已、板垣, を不誤候樣致度候得ば、此際一際の功をも爲立、舊名を不失樣致し度、聊か苦心致し候處、北村君, 方某氏と御應接の次第竝こ舊士官共より拙官へ送り候返書等の趣き之ては、全く拙官の勇氣も水泡, 先は右大略申上度、如此御坐候、草々頓首、, と相成り、又々好機會を失ひ、何とも歎息の至り之不堪候、且つ彼の建白書の如きは、初め是を語讀, 件々を擔ぎ出し、政府を恐赫する姿、實に驚入たる事二御坐候、只結末に民撰議院云々の一事あり、, 々此度再度御苦勞の由、彼是御心痛の至り、御察し申候、拙官二於ても、何分にも舊里朋友輩方向, 一六月廿三日、夜、陸軍少尉島村著縣、此便、谷少將ヨリ左ノ書翰竝ニ詩二首到來ス、, 初めて成程立志社の建言nてもあるかと被疑る位の事にて、舊來の論とは大二面目を改めしが如し、, (先略)將た兩君毎々舊里へ御苦勞被成候由、西郷中將より時々報知有之、委細に承知致し候、又, 最早今日に至り、朋友の義務も盡き、只一身の義と認むる處に著目して不動、百尊氏を生ずと雖も、, 中村大書記官殿, 佐々木議官, 六月廿三日, (明治十年), 六月廿三日, 卷三十八明治十年(六月), 二一一

割注

  • (明治十年)
  • 六月廿三日

  • 卷三十八明治十年(六月)

ノンブル

  • 二一一

注記 (20)

  • 780,623,89,2340めば全く靖獻社の建白こても可有之哉、我輩去る午年三條家へ建白せし趣意之似たる處も有之、
  • 561,622,87,2361氏は素より關係ノ事も有之、實二抱腹之不堪、可言時之不言、卻て國家の多難を幸として、種々の
  • 668,614,87,2374其他臺灣の事、朝鮮の事、千島の事等、皆我が既ニ政府ニ建白せし糟粕こて、過去の事而已、板垣
  • 1108,612,91,2371を不誤候樣致度候得ば、此際一際の功をも爲立、舊名を不失樣致し度、聊か苦心致し候處、北村君
  • 997,614,91,2374方某氏と御應接の次第竝こ舊士官共より拙官へ送り候返書等の趣き之ては、全く拙官の勇氣も水泡
  • 1767,604,72,1035先は右大略申上度、如此御坐候、草々頓首、
  • 890,620,89,2365と相成り、又々好機會を失ひ、何とも歎息の至り之不堪候、且つ彼の建白書の如きは、初め是を語讀
  • 447,627,88,2355件々を擔ぎ出し、政府を恐赫する姿、實に驚入たる事二御坐候、只結末に民撰議院云々の一事あり、
  • 1219,618,91,2364々此度再度御苦勞の由、彼是御心痛の至り、御察し申候、拙官二於ても、何分にも舊里朋友輩方向
  • 1439,513,87,2097一六月廿三日、夜、陸軍少尉島村著縣、此便、谷少將ヨリ左ノ書翰竝ニ詩二首到來ス、
  • 338,629,87,2355初めて成程立志社の建言nてもあるかと被疑る位の事にて、舊來の論とは大二面目を改めしが如し、
  • 1326,630,95,2346(先略)將た兩君毎々舊里へ御苦勞被成候由、西郷中將より時々報知有之、委細に承知致し候、又
  • 227,625,87,2358最早今日に至り、朋友の義務も盡き、只一身の義と認むる處に著目して不動、百尊氏を生ずと雖も、
  • 1549,656,56,377中村大書記官殿
  • 1691,2443,57,371佐々木議官
  • 1659,717,54,258六月廿三日
  • 1712,698,46,197(明治十年)
  • 1659,718,54,256六月廿三日
  • 127,734,54,665卷三十八明治十年(六月)
  • 159,2620,46,109二一一

類似アイテム