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り不申、卻て終功は鹿兒島地方より進みし將校の占むる所たるべしと被存候、將た田中雄成採用の, 撃し、一時甚だ難義して、不得止守線を退き、第二の要害二て喰止、再び追ひ退けたりと雖も、賊, 肝要の守地を棄て走る、我兵大ニ賊の〓りを聞けり、是畢竟號令の嚴明ならざるより、如此失策フ, 是又竹宮戰爭後の大烈戰nして、諸口の官兵二も未だ無き處なり、熟練の強兵ニ非ざれば、之を防, 命たる上は、隊外の事は直二取計ふ譯二も不參、既之當地方罷在る者も、舊里へ差返す都合二付、, 餘名の死傷あり、我兵死守防戰、遂こ之を追退し、悉く賊の器械彈藥を掠奪す、賊を殺す無數なり、, 儀、拙官熊本二在留なれば、直ちニ山縣殿へ示談の上、可取計候へ共、當時は當口の司令官を被, 勢前日二倍し、一氣有進の體を以考ふれば、最後の一戰は、或は當口二向ひ戰ふ二非ずやと推察致, 段西郷へ御通辭被下度、尤拙官よりも西郷へ申遣すべく候、當時は戰鬪二從事するより、舊里の不, 止すること、恐くは容易ならずと被存候、去月廿四日の戰二、長州より召募の遊廚撃隊大敗を取り、, 至る、誠に遺憾なり、當方面は、深山幽谷こて、進退尤も不便、故二殘念ながら、意の如くはか取, 〓り二激戰し、已二去る三日、四日は、烈敷襲來し、其の勢實に前日二異なり、死體を蹈越々々進, し候、去月廿四日、五日も烈しく吾守線に襲來し、中隊長小葉竹大尉、同隊板垣中尉戰死、其他百, 愚生の考二は、本人は大坂鎭臺へ採用二相成、土佐の駐在曹長二致候方可然と存候、北村君より其, の一戰を試みんこと必要と被存候、其の向ふ處、執二ある歟判然たらずと雖も、近日來豐後に向ひ、, 卷三十九明治十年(七月), 二五五
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- 卷三十九明治十年(七月)
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- 二五五
注記 (17)
- 709,581,61,2364り不申、卻て終功は鹿兒島地方より進みし將校の占むる所たるべしと被存候、將た田中雄成採用の
- 1590,586,61,2375撃し、一時甚だ難義して、不得止守線を退き、第二の要害二て喰止、再び追ひ退けたりと雖も、賊
- 932,581,58,2360肝要の守地を棄て走る、我兵大ニ賊の〓りを聞けり、是畢竟號令の嚴明ならざるより、如此失策フ
- 1150,583,60,2372是又竹宮戰爭後の大烈戰nして、諸口の官兵二も未だ無き處なり、熟練の強兵ニ非ざれば、之を防
- 488,579,59,2341命たる上は、隊外の事は直二取計ふ譯二も不參、既之當地方罷在る者も、舊里へ差返す都合二付、
- 1261,583,61,2365餘名の死傷あり、我兵死守防戰、遂こ之を追退し、悉く賊の器械彈藥を掠奪す、賊を殺す無數なり、
- 598,575,62,2374儀、拙官熊本二在留なれば、直ちニ山縣殿へ示談の上、可取計候へ共、當時は當口の司令官を被
- 1479,585,63,2376勢前日二倍し、一氣有進の體を以考ふれば、最後の一戰は、或は當口二向ひ戰ふ二非ずやと推察致
- 266,577,63,2362段西郷へ御通辭被下度、尤拙官よりも西郷へ申遣すべく候、當時は戰鬪二從事するより、舊里の不
- 1040,587,59,2336止すること、恐くは容易ならずと被存候、去月廿四日の戰二、長州より召募の遊廚撃隊大敗を取り、
- 818,583,62,2368至る、誠に遺憾なり、當方面は、深山幽谷こて、進退尤も不便、故二殘念ながら、意の如くはか取
- 1700,589,62,2374〓り二激戰し、已二去る三日、四日は、烈敷襲來し、其の勢實に前日二異なり、死體を蹈越々々進
- 1370,590,62,2361し候、去月廿四日、五日も烈しく吾守線に襲來し、中隊長小葉竹大尉、同隊板垣中尉戰死、其他百
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- 1813,596,58,2356の一戰を試みんこと必要と被存候、其の向ふ處、執二ある歟判然たらずと雖も、近日來豐後に向ひ、
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