『大日本史料』 10編 15 天正元年4月 p.329

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たて、有無の一戰可仕候、其時は我つかひ入たる大身小身下々まで一精出し候はゞ、信, 八ツ、家康に四ッ、いづれも年増の者共に負ぬやうに仕り、いま信玄取て渡したる國々, 信長・家康果報の過るをまつべき物をといひつるは、勝頼に心をつけと云事也、其理は、, あぶなげもなきやうに仕置をつゝしみ候處に、各より無理なる働仕候はゞ、持の内へ入, 候へと被仰、但其方ヲ敵あなづり候はゞ、甲斐國までも入たて堪忍仕て後、合戰をとく, 信玄に信長は十三の年おとりなり、家康は二十一をとる、謙信は九ツ、氏政は十七おと, 構て四郎合戰數奇仕るへからず、并信長・家康果報の過るを相待事肝要なり、果報に年, りなれば、あなたが信玄すゑを待うけたり、又勝頼は謙信に十六、信長に十二、氏政に, 長・家康・氏政三人ひとつに成ても、此方勝利は疑有まじく候、輝虎みなとひとつに成、, の末、輝虎が武勇、兩人の末を待うけ申へく候、信玄萬工夫思案遠慮十双倍氣遣いたし, をよらする物は、身をかさり、ゑやうにふけり、おごり、是三ケ條なり、始申候信玄が, と見るものなく候と相見え候へば、逍遙軒を見て、信玄は存命なりと申べきは必定なり、, ると存候はゞ、大きなるかちになるべく候、卒爾なる働さすべからずと、馬場美濃・内, 四郎にこめを見する事有間敷候、信玄死てより弓箭は謙信也、天下をもちたる信長果報, ラズ, ニ戰フベカ, 隣國ト猥リ, 天正元年四月十二日, 三二九

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  • ラズ
  • ニ戰フベカ
  • 隣國ト猥リ

  • 天正元年四月十二日

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  • 三二九

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