Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
水なり、, 奧を究て、百家の典籍を渉獵す、遂に教時問答四卷を顯し、一佛一時一處, 一教を立て、如來の大教を判釋し、大に台密の門を興す、光孝天皇元慶八, 成天皇此三尊佛を安然に賜ふ、安然是をこゝに置, 寂の地也、和尚は慈覺大師の弟子、又業を僧正遍昭に受て、顯密二宗の秘, 年、勅して元慶寺の阿闍梨とす、然れとも和尚偏に智證大師の玄化をし, して高し、故に水なし、唯纔岩のみあり、一日和尚試に獨鈷を以て岩頭を, なり、俗よつて獨鈷水と名つく、生涯貧に處し自樂、老てこゝに終る、入滅, 教大師の系族なり、其傳元亨釋書にあり、當寺は安然和尚練行の處、即入, 穿、岩石摧けひらけ、水忽に涌流る、其水清潔冷寒、冬夏〓せす、無雙の靈水, たひ、且三井の幽寂を愛し、後遂にこゝに來り住す、此地は關山の東、崛起, 安然和尚塔南の方山上にあり、安然和尚、後に五大院の先徳と號す、傳, 獨鈷水本堂の南鎭守の社の後、西北の崖下にあり、是安然和尚の獨鈷, 如來堂閻浮檀金三尊の佛なり、信濃國善光寺の如來と同一體といふ、陽, 近江國興地志略〕, 志賀郡八近松寺, 寛平二年正月十九日, 略, ○中, ○中, 園城寺, 略, 十三, 獨鈷水, 近松寺, 安然遺跡, 塔, 寛平二年正月十九日, 三四七
割注
- 略
- ○中
- 園城寺
- 十三
頭注
- 獨鈷水
- 近松寺
- 安然遺跡
- 塔
柱
- 寛平二年正月十九日
ノンブル
- 三四七
注記 (29)
- 1408,815,50,196水なり、
- 978,812,53,1959奧を究て、百家の典籍を渉獵す、遂に教時問答四卷を顯し、一佛一時一處
- 870,830,52,1942一教を立て、如來の大教を判釋し、大に台密の門を興す、光孝天皇元慶八
- 1622,748,53,1379成天皇此三尊佛を安然に賜ふ、安然是をこゝに置
- 1085,814,54,1962寂の地也、和尚は慈覺大師の弟子、又業を僧正遍昭に受て、顯密二宗の秘
- 762,815,54,1956年、勅して元慶寺の阿闍梨とす、然れとも和尚偏に智證大師の玄化をし
- 548,818,53,1953して高し、故に水なし、唯纔岩のみあり、一日和尚試に獨鈷を以て岩頭を
- 332,814,54,1958なり、俗よつて獨鈷水と名つく、生涯貧に處し自樂、老てこゝに終る、入滅
- 1192,815,54,1959教大師の系族なり、其傳元亨釋書にあり、當寺は安然和尚練行の處、即入
- 441,813,54,1961穿、岩石摧けひらけ、水忽に涌流る、其水清潔冷寒、冬夏〓せす、無雙の靈水
- 655,823,54,1949たひ、且三井の幽寂を愛し、後遂にこゝに來り住す、此地は關山の東、崛起
- 1299,816,56,1964安然和尚塔南の方山上にあり、安然和尚、後に五大院の先徳と號す、傳
- 1513,820,53,1961獨鈷水本堂の南鎭守の社の後、西北の崖下にあり、是安然和尚の獨鈷
- 1730,757,53,2024如來堂閻浮檀金三尊の佛なり、信濃國善光寺の如來と同一體といふ、陽
- 1820,735,85,493近江國興地志略〕
- 1838,1467,67,531志賀郡八近松寺
- 236,808,42,353寛平二年正月十九日
- 1611,2142,39,38略
- 1652,2147,32,101○中
- 1864,2018,36,98○中
- 1824,1272,39,170園城寺
- 1824,2014,38,38略
- 1869,1274,34,99十三
- 1520,413,37,115獨鈷水
- 1821,414,39,116近松寺
- 1860,412,41,160安然遺跡
- 1307,411,36,39塔
- 236,808,42,353寛平二年正月十九日
- 238,2395,39,111三四七







