『大日本史料』 1編 1 仁和 3年 8月~寛平3年12月 p.395

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に多く走りけるを、人あやめのゝしりける程に、御門聞し召て、大に驚せ給, 也けれは、菅丞相いまた御官位あさくおはしましけるに、殊に歎かせ給け, とも多く走り散て、阿衡々々と鳴て人をくひけり、時人おちさはき、阿衡く, の宣旨被下て、贈中納言といはれ給けるも此故にや、抑此事、貞觀年中の事, 大府先出施仁之令、諸卿早停斷罪之宣、, とそかかれける、廣相是を聞て悦けり、失て後、程へて菅家の御夢に、廣相來, ひとなむ云ける、佐世かためにも、いかにもよき事はなかりけむ、其後贈官, 執論を成と云とも、是にしたかひ給はす、其文にかなはしと仰られて、菅家, 廣相此事を安からす思て、死なむ後犬と成て、佐, り、明經には善淵愛成、紀傳には藤原佐世等、毛詩尚書漢書なとの文を引て, 世をくらはむと云て失にけり、其比佐世か家の邊より始て、大路に赤き犬, 御消息には、廣相あやまりなき子細の旨をのせられてのおくに, ふ、その宣命にそ勅答を作れる人廣相、阿衡を引て朕か本意にそむくと書, て、御廐の馬共を切放たれたりけれは、いみしくなてかはれたる馬共、京中, て、勅答をかへられけるのみに非す、廣相を過に行はるへきよし朝に及, れたる, ビ二日ノ條參看、, ○同年六月一日、及, 原道眞, 廣相ト宣, 寛平二年五月十六日, 三九五

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  • 三九五

注記 (22)

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