『大日本史料』 1編 2 寛平 4年正月~延喜元年10月 p.717

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又如文は、深草古宇治郡歟、今は紀伊郡也、, を得ん事を願ひ、一心に三實を念じ、誓玉はく、吾若命を辱しめず、爪をうる, 事あらんに、其の所について、一の佛闇を造りて、三寶の徳に酬ふべしと、忽, 其地に佛閣を建玉へり、極樂寺是也云々, 基聖寳法師、本尊阿彌陀云云, して供奉し玉へり、帝公を召して、此爪尋求むべきよし命じ玉へり、公即是, 還幸時、御愛の琴爪を失玉ふ、帝悋み思召事切也、時に昭宣公いまだ若年に, りし故に爲地名、此寺中古改宗旨、今寶塔寺是也、, 其靈應あつて、果して於深草是を得、帝叡感ある事かぎりなし、然して遂に, 極樂寺昭宣公建立所也、傳云、昔仁明天皇當國の芹河に行幸し玉へり、其, 左大臣時平公、極樂寺爲定額寺、上奏状出菅家文草, 案、極樂寺、古南面、門在南面歟、今西面也、南面其故は、日像上人の火葬場、今, 本尊阿彌陀佛、拾芥抄云、極樂寺、昭宣公、阿彌陀云云、或記云、深草極樂寺、開, 右易時平公、所製菅家也、此年時平公年二十九、菅家五十六歳也、, 〓伊郡極樂寺村名、在稻荷山南、古此地極樂寺あ, 〔山州名跡志, 如左、〇, ○中, 文略ス, ○中, 深草里, 略, 略, 十二, 所在, 聖寶ノ開, 極樂寺ノ, 基, 大門, 昌泰二年是歳, 七一七

割注

  • 如左、〇
  • ○中
  • 文略ス
  • 深草里
  • 十二

頭注

  • 所在
  • 聖寶ノ開
  • 極樂寺ノ
  • 大門

  • 昌泰二年是歳

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  • 七一七

注記 (31)

  • 618,653,61,1228又如文は、深草古宇治郡歟、今は紀伊郡也、
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