『大日本史料』 1編 14 天禄 3年 7月~天延2年3月 p.125

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之云、, ひける法語なり、かのつえにつき給ひし鹿の角は、今に極樂院の什物として、去ぬる, のころせし獵師に近つき、佛道をしめし給ふ、れうしも年ころおそろしき罪科をつく, 故に、今も鉢扣と名つく、その節をつくりて申す事は、空也上人のつくりてをしへ給, 四條坊門南の方、油小路の西に鉢扣の住ける町一構あり、いにしへ空也上人の跡とし, 兩日見へ來らさりしかは、獵師に逢て問給ふに、其鹿は獵人の矢さきにかかりてころ, 常はみな茶筌をけつりて業とせり、そのかみ空也上人念佛の大道人にておはせしに、, て極樂院と號す、門の内に鉢扣の一族あつまりて、家居軒をならへ、其中央に堂あり、, されけるよしかたりけり、上人なけきおほして、其角をこひもとめつえにつきて、か, りしことをかなしみ、つゐに發心して念佛となへけり、瓢箪をうちたゝき修行しける, 大なる鹿一きたり、馴したしみ上人の御つれ〳〵をなくさめまいらせしに、ある時一, 用九月十一日、一説上人晩年再歸京師、九月十一日於山科西光寺遷化、故西光寺亦用, 〔出來齋京土産〕1極樂院, 而定盛修行之遺風也、空也上人終於東國、九月十一日遷化、故光勝派寺所在東國者、, ノ一族居住, 門内ニ鉢扣, 光勝念佛ノ, ノ説, 節ヲ作ルト, ス, 天祿三年九月十一日, 一二五

頭注

  • ノ一族居住
  • 門内ニ鉢扣
  • 光勝念佛ノ
  • ノ説
  • 節ヲ作ルト

  • 天祿三年九月十一日

ノンブル

  • 一二五

注記 (22)

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