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しけるに、所の海人舟の綱を重ね、輪のことくたくりて敷せ參らせけれは、, の社あり、菅丞相左遷の時は、此浦に上り綱を敷て座し給ふ所也と云、博多, 暫く御休まし〳〵ける後に、此所に御社を建て、綱輪の天神と號す、今綱場, 太宰帥にて此所におはしましける地也、後一條院の御時、治安年中、都督惟, 也、十一月廿五日祭禮あり、, と稱するはよこなまれる也、豐前國筑城郡高塚村の海邊にも綱敷の天神, 菅大臣社在洛陽五條坊門西洞院、, 垂跡同上、古老曰、此昔菅家之舘也、一夜飛梅之天神者是、于今飛梅之跡存, の綱輪の天神の故か、此須磨の浦にも、綱敷の天滿とて有、此社初は袖の湊, 綱場天神綱場町に有、菅相公左遷の時、袖の湊, の入海の例に在、慶長元年、この地に移せし社僧の寺を成就院と云、眞言宗, にて舟より上らせ給ひしか、海邊にて敷給ふへき物もなくて彳おはしま, 憲卿彼跡をかなしみ、伽藍を一宇建られけるとかや、今はわつかに佛堂一, 此外所在天神社許多、今不枚擧云、, 于此地, 〔筑前國續風土記〕, 〔筑前國續風土記〕, 笠郡中淨妙寺今ハ榎木寺と號す、此寺は菅相公, 〔筑前國續風土記〕〓笠郡中淨妙寺今ハ榎木寺と號す、此寺は菅相公, 延喜元年正月二十五日, 博多, ○中, 御笠郡中, 略, 三, 筑前袖ノ, 飛梅ノ跡, 五條郎内, トノ説, 湊ニ憩フ, トノ説, 淨妙寺, 豐前高塚, 二モ憩フ, 延喜元年正月二十五日, 八三八
割注
- 博多
- ○中
- 御笠郡中
- 略
- 三
頭注
- 筑前袖ノ
- 飛梅ノ跡
- 五條郎内
- トノ説
- 湊ニ憩フ
- 淨妙寺
- 豐前高塚
- 二モ憩フ
柱
- 延喜元年正月二十五日
ノンブル
- 八三八
注記 (36)
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