『大日本史料』 1編 2 寛平 4年正月~延喜元年10月 p.840

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多し、花の時は觀するに堪たり、, 針磨民俗の云傳るは、菅公天判山にて罪なき由を天に祈給ひし後、此所, 向へり、祭は八月廿五日也、八月廿三日の曉、天神の御輿、榎木寺の御旅所に, 行給ふ、其前廿二日の夜より、此御社の前にて篝をたく、此國は天判山と云, にうたれ給ふ時、衣を懸給ひし石とかや、瀑の下川の中に石塔有、詩彫付た, 成を、俗に訛りて天拜と云、管公天を拜し給ふ岩は、天拜岩と稱す、此山に櫻, 俗説に云傳侍るは、延喜二年、菅公此天判山にのほりて、罪なき由を天に訟, りて、天を拜し玉ひけると云、其名を天拜岩と號し、御社の内に有、御社東に, 天判峯頭仰彼蒼、願心成滿放威光、御衣薫石變成塔、五百年來流水香、, 龍王瀑布武藏寺の側に有、其側に高き石立り、是を衣掛岩と云、菅公此瀑, を通り給ひしに、老翁ありて斧をあてゝ摺けるを見給ひて、何かすると, かや, させおはしましけれは、天帝より天滿大自在天神と云尊號を下給ひしと, 菅公の天を拜し給ひし所、則此御社の地也、石の上に登, り、, 止平二十年二月二十五日願主大僧都信聡謹題, 或ハ勅號とも、, 神託成とも云, 衣掛岩, 天拜岩, 延喜元年正月二十五日, 八四〇

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  • 衣掛岩
  • 天拜岩

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注記 (22)

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