『大日本史料』 1編 2 寛平 4年正月~延喜元年10月 p.841

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に在しを、慶長元年、移して博多綱場町に有り、〓方に向へり、祭は十一月廿, ひ給ふ、翁聞て、針に磨侍る由答ける、爰に於て菅公感し給ひて、凡事の精勤, 五日にあり、神官は眞言宗成就院と云、, 綱之上、所謂一夜白髮之天神是也とあり、此社は初沖濱との間の入海の側, 綱敷天神社神社啓蒙六卷に、綱場天神、在筑前, せすしては、成就しかたしとて、又天判山に上り給ひて、ひたすら天に祈給, 林の中に移せり、長七尺九寸五分、横五尺一寸五分有、扁石也、, 影、梅千里而飛、松一夜而老、其靈威不暇枚擧也、梅城録に、或説云、西都有巨, 太宰管内志〕, 國博多、所祭神一座、里諺曰、昔菅家左遷之日、先憩此地也、海濱無席、仍令座船, 左遷太宰府都督、奮激之餘、裁疏祈天、爲威徳天神、威驗日新者、猶如月來花弄, ひしかや、其老翁か針を摺し石とて有、初は山の麓に有しを、近世通路の側, 太宰管内志〕, 天拜岩仙巣稿に、云, の時、御船袖ノ湊に著て、舟より上らせ, 神也、昌泰四年辛酉、, 天拜岩仙巣稿に、云〓神也、昌泰四年辛酉、, 筑前之七, 那珂郡上, 筑前之二十四, 水鏡ノ天神と云は、福岡東橋口にあ, り、社家ノ傳説に、管公太宰府へ左遷, 川にうつさせ給ひて、船中の苦み堪がたかりしに、今此處に著て、船中の苦, みを忘れ、年も若やぎて、四十ばかりに見ゆるなりとのたまひし由にて、今, を松岳山梅教寺觀音院と號す、長政公の時、頼還〓、, 御笠郡四, 此川を四十川といふ、此時菅公は五十七歳なり、宮司ノ坊, せ給ひ、御身の衰へを歎き給ひし處に、, 後世社を建て、水鏡ノ天神と云、又容見ノ天神とも云、一説に、菅公御容を此, らせ, スガタ, 下文、, 筑, 云, リ上陸ス, 袖ノ湊ヨ, 天拜岩, 船綱ニ憩, トノ説, フトノ説, 竇幔岳, 針磨石, 延喜元年正月二十五日, 八四一

割注

  • 筑前之七
  • 那珂郡上
  • 筑前之二十四
  • 水鏡ノ天神と云は、福岡東橋口にあ
  • り、社家ノ傳説に、管公太宰府へ左遷
  • 川にうつさせ給ひて、船中の苦み堪がたかりしに、今此處に著て、船中の苦
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  • を松岳山梅教寺觀音院と號す、長政公の時、頼還〓、
  • 御笠郡四
  • 此川を四十川といふ、此時菅公は五十七歳なり、宮司ノ坊
  • せ給ひ、御身の衰へを歎き給ひし處に、
  • 後世社を建て、水鏡ノ天神と云、又容見ノ天神とも云、一説に、菅公御容を此
  • らせ
  • スガタ
  • 下文、

頭注

  • リ上陸ス
  • 袖ノ湊ヨ
  • 天拜岩
  • 船綱ニ憩
  • トノ説
  • フトノ説
  • 竇幔岳
  • 針磨石

  • 延喜元年正月二十五日

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  • 八四一

注記 (44)

  • 1109,658,62,2235に在しを、慶長元年、移して博多綱場町に有り、〓方に向へり、祭は十一月廿
  • 1931,660,70,2225ひ給ふ、翁聞て、針に磨侍る由答ける、爰に於て菅公感し給ひて、凡事の精勤
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