『大日本史料』 1編 3 延喜元年11月~8年雑載 p.342

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ども、絶海已に贊して置れたれば、夫に任せて贊之と云, 天滿大自在天神と云稱をば、善とも思はず、夫上古は君にはあまつかみと, 見えたり、右の天神渡唐して、佛法を受來り給ひし事の、石に記してありし, 云、是天神也、臣にはくにつかみといふ、是地神也、天地の稱を以て、君臣の尊, といふ事は、例の僧の妄説也、信ずるにたらず、凡僧は奇〓不思議を好み、妄, は徑山寺にて法を聞き、我師徑山寺に有公も我師に就て法を聞べしと云、, 天神終に渡唐して、無準に法を受けて、僧の衣裝を著て、梅花一枝を携て、來, と天神との物語を書付て有、天神公、和尚佛法を傳授せよと言、聖一言、愚僧, 後北野に祭られ給ひし像をば、天神の像といふと、左もあるべき事也、予は, せり、東福の愚極も如此記せり、又惟肖の天神の贊に云、我も此事不審なれ, 説を作り、俗を欺くもの也、, 住吉慶舟と云土佐畫工の家には、菅公存生の時の像をば、菅家の像と云、薨, て聖一に相見て、無準に法を受たるよしを語る、事は不二目悦これを書記, 卑をわけたる也、菅公は臣也、何ぞ天神の位ならんや、予は稱して菅神と云、, と東見記に, 菅家の像を天神の像といふ事, 延喜三年二月二十五日, 羅山先, 生口語, 天神像, 菅家像ト, 延喜三年二月二十五日, 三四二

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  • 羅山先
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  • 天神像
  • 菅家像ト

  • 延喜三年二月二十五日

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  • 三四二

注記 (23)

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