『大日本史料』 1編 3 延喜元年11月~8年雑載 p.347

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まうけたりけん、, らん、長親卿兩聖記にも見えたり、あるひは難波津に咲やこの花と詠ぜ, 馬傳衣鉢、香渡梅花一點春、, に、四明の方伯行が、日本の僧堆雲が、菅相渡唐の贊を記して、その事の虚, 菅公夢中に無準より傳衣して、渡唐天神の像のことをしるせりといへり、, し百濟の王仁が像なるべしともいひ、又は林和靖の像ならんなどいへ, 文化乙亥の歳、予西遊して筑前の太宰府に至りし頃、御宮の前なる相染, る説は、好事の附會にして、辨を待ずして、その妄を知るべし、また盖簪録, 川のほとりに、傳衣塔と云石の塔あり、そは菅公入宋在して傳たまふ衣, 鉢を埋みたるなりといへり、かゝる聖廟にすら、いつの世にか誰か造り, 闢之日、岩石之罅〓、得此像記云とあり、この記や入宋授衣の説の初めな, 誕もとより辨を待すといへり、自在陰陽不測神、感天忠義聖朝臣、浪傳徑, 兩聖とは菅公と無準禪師とをいふ、, 或人云、兩聖記, 梅窓筆記に、臥雲日件録を引て云、文安三年四月十五日, 〔晤語〕上渡唐天神, 延喜三年二月二十五日, 藤原長親卿の作、長親卿, は南朝の明魏也とかや, 抄にも見えたり, 此こと、扶桑拾葉, ○圖, 略ス、, 要、, 取, 像ヲ誤ル, 渡唐天神, ハ王仁ノ, トノ説, 滿宮ノ傳, 大宰府天, 衣塔, 延喜三年二月二十五日, 三四七

割注

  • 藤原長親卿の作、長親卿
  • は南朝の明魏也とかや
  • 抄にも見えたり
  • 此こと、扶桑拾葉
  • ○圖
  • 略ス、
  • 要、

頭注

  • 像ヲ誤ル
  • 渡唐天神
  • ハ王仁ノ
  • トノ説
  • 滿宮ノ傳
  • 大宰府天
  • 衣塔

  • 延喜三年二月二十五日

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  • 三四七

注記 (34)

  • 734,714,55,493まうけたりけん、
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