『大日本史料』 1編 3 延喜元年11月~8年雑載 p.273

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がけに、立よりてみしなり、, といふ人の畫せる像に、本朝の僧東福寺の了庵桂悟禪師贊を作れるを、同, 〔奴師勞之〕京の東福寺の開帳に, ひて、此異説を作るといへども、今現に傳る所の徐〓が圖、件の説によりて, 時簷仲和といふ明人書せるもの有て、是此像を畫きし初なりといへども、, もまた靈顯れて參禪せられし説ありて、相似たることなり、, のいひ傳ふる、唐衣さしてきたのゝ神ぞとは袖に持たる梅にてもしれと, 畫きしものなれば、圖像の據とすべし、又近世鷹峰己山和尚の録にも、件の, 前の像と年紀いづれぞやと思ひしに同時なりとなん、或は王仁の像を誤, 傳衣の事故を載らる、數十年前假初に見てさだかにはえおぼえず、世に人, いふ御歌といふも、卍山の録に載られしかと覺ゆ、又竹苞主人話す、臥雲日, ち給へればいへるにて、たしかなる證はなかるべし、彼傳衣の説をうたが, 賣云々、私言、かしこにて關帝の像を尊崇する類ひにおもへる成べし、關帝, りて、菅公と傳へたるならんといへる説有は、西土の服を著、手に梅花をも, 件録、文正元年丙戌九月廿四日、咲雲來話の條、天神參無準像、大唐亦畫之以, 文化二年乙丑の冬、長崎よりかへり, ○中, 略, 明〓仲和, 筆同神像, 延喜三年二月二十五日, 二七三

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  • ○中

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  • 明〓仲和
  • 筆同神像

  • 延喜三年二月二十五日

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  • 二七三

注記 (22)

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