『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.574

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き給ふ、人間をも、でいうす作り給ふ、假は親之子を思ふことく、ていうす、人, 元和年つうの比、肥後の國より、坊主一人するが〓まつり上、御年より衆ま, を説する、夫日本人の尊之給ふ釋迦、阿彌陀、天照太神、何れの佛神もいにし, と云坊主を多渡し、長崎、京、伏見、江戸に、寺を立置、先非人乞食を養ひ、我宗に, なす、扨又、日本人の通しをかたらひ、其ものに七日ツヽの日を定めて、談義, へは皆人間也、人かひとを助ること叶〓からす、此世界をば、でいうすひら, 間をあわれみ給ひ、此宗ゆへに、死罪に及ひ、はさ物にかゝりたらんものは、, 首をきり給ふ, 忽天上へ生れ、樂しみにあふと語れは、無分別者、何とか聞えて、皆此宗にな, 罪に行はるゝ〓、數百人にをよたり、扨又、江戸にては、貳拾餘人、淺草原にて, 人のきりしたんころぬと云をは、命をたすけ、ころはさるをは、諸國、にて死, る、秀吉公聞召、それ我朝は神國、佛法流布之國也、是外道の妨なる〓し、, 然るに、一殺多生の理有と、御諚有て、はてれんをは舟にのせ、悉く流し、日本, 〔吉利支丹物語〕下南蠻より、日るんをしたか〓んとする訴人出事、, て言上申ていわく、肥後の國にきりししんの寺、なたると申て、小西津の守, ○下, ○中, 略, 略, ノ處刑, ケル教徒, 江戸二オ, 神道佛教, ト耶蘇教, ころぶ, 慶長十七年三月二十一日, 五七四

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  • ○下
  • ○中

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  • ノ處刑
  • ケル教徒
  • 江戸二オ
  • 神道佛教
  • ト耶蘇教
  • ころぶ

  • 慶長十七年三月二十一日

ノンブル

  • 五七四

注記 (27)

  • 1356,647,63,2223き給ふ、人間をも、でいうす作り給ふ、假は親之子を思ふことく、ていうす、人
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