『大日本史料』 1編 5 延喜18年 7月~延長5年10月 p.408

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僧命蓮、信貴山寺ヲ建立ス、, 金泥法華經一部, 延長年中、本御堂改、奉造五尺釋迦佛金色奉顯、并普賢文殊等、, 佛并雜佛等、, 承平年中、中御〓立未葺、, 資財寶物帳, 延喜年中、奉造九尺間三間檜皮葺四面庇御堂、即奉安置金剛界成身會五, 墨寫法華經有數部又眞言經等有數部, 法文章, 信貴山寺, 〔信貴山文書〕〓大, 合, 十七日卒せらる、年は百餘歳なり、此人ノ子三人, あり、安秀、行成、善重と云、是三宮司の祖なり、, き給ふ時に從奉り、薨給ひし後、祠壇を構へて祀らる、さて後康保元年九日, 受ケられし由、大師ノ行化記に見えたり、安行臣は即淨成ノ子なり、菅神筑紫に赴, り、安行ノ父は直講淨成臣也、延暦弘法大師、此人に就て、尚書及毛詩、左氏傳を, に、安行は、武内大臣ノ〓、平群ノ木菟宿禰ノ後なり、世々儒家にして菅家ノ御門徒な, 安置ス, 藏經, リ五佛ヲ, 御堂ヲ造, 延喜年中, 四〇八

割注

  • 十七日卒せらる、年は百餘歳なり、此人ノ子三人
  • あり、安秀、行成、善重と云、是三宮司の祖なり、
  • き給ふ時に從奉り、薨給ひし後、祠壇を構へて祀らる、さて後康保元年九日
  • 受ケられし由、大師ノ行化記に見えたり、安行臣は即淨成ノ子なり、菅神筑紫に赴
  • り、安行ノ父は直講淨成臣也、延暦弘法大師、此人に就て、尚書及毛詩、左氏傳を
  • に、安行は、武内大臣ノ〓、平群ノ木菟宿禰ノ後なり、世々儒家にして菅家ノ御門徒な

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  • 安置ス
  • 藏經
  • リ五佛ヲ
  • 御堂ヲ造

  • 延喜年中

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  • 四〇八

注記 (24)

  • 1538,553,78,855僧命蓮、信貴山寺ヲ建立ス、
  • 382,717,56,481金泥法華經一部
  • 729,714,61,1783延長年中、本御堂改、奉造五尺釋迦佛金色奉顯、并普賢文殊等、
  • 846,787,60,356佛并雜佛等、
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  • 1198,712,59,342資財寶物帳
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  • 264,717,59,1195墨寫法華經有數部又眞言經等有數部
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