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にかはらず、逆枝さして榮えける、則今の箱松是なり、, にして、此所に埋ませたまひ、其しるしに松を植たまふゆゑに、しるしの松, しが、やがて灰の中より二葉なる松一本生出て、年を經て漸盛長し、昔の松, り小松一本生出ける、文永二年二月十一日、御社炎上せし時、其松も燒たり, とも、箱松ともいふ、此説事實成べし、むかしの箱松は枯たりけるが、其根よ, 伊慕佐知波古邪伎乃美也と訓べし、, 件新宮以延長元年佛經遷御已畢、, 筥崎宮延喜式に、那珂郡八幡大菩薩筥崎宮, 有べからず、一説に、神功皇后宇瀰にて、應神帝をうみたまひし時、胞衣を箱, 〔太宰管内志〕, 大、とあり、, 筥崎匡房卿筥崎記に、筥崎宮在西海道筑前國, 八幡大菩薩筥崎宮は、也波多能陀, 〔太宰管内志〕, 〓い。ふさて諸神根元抄上卷に、延喜廿一年六月廿一日、大菩薩御託宣、, 神祭ノ條には八幡神社とあり, 示現之前、御靈行之時也、鎭西要略一卷に、, に委くいふべし、<崎ノ事は、那珂郡下卷, 筑前之七, こゝに延喜廿一年と云事の是彼見えたるは、延暦元年などを誤れるにて, 〓中私曰、大分我本宮者、欽明天皇御宇御, 印本に名神ノ二字を落せり、式ノ名, 八幡大菩〓の名義は、豐前志宇佐宮件, 延喜廿一年太宰大貳藤原眞材、奉勅建八幡大神宮於筑前筥崎ともあり、今, もあるべし、延喜式に筥崎宮とあれば、それより遙に古くより筥崎にまし, 那珂郡上, 筑前之八, 壬生忠峰、此御社に詣たるに、神功皇, 神, 那珂郡下, ます事は論なきをや、猿樂の〓に筥崎といふ曲あり、それに延喜帝の御時、, 后のあらはれ給ひし事を造れり、, ○中, 名, 略, 筑, 延喜式以, 〓明天皇, 前鎭座説, 以前鎭座, ノ胞衣筥, ヲ埋ムト, 應神天皇, 説, ノ説, 寫崎, 延長元年是歳, 五四七
割注
- 神祭ノ條には八幡神社とあり
- 示現之前、御靈行之時也、鎭西要略一卷に、
- に委くいふべし、<崎ノ事は、那珂郡下卷
- 筑前之七
- こゝに延喜廿一年と云事の是彼見えたるは、延暦元年などを誤れるにて
- 〓中私曰、大分我本宮者、欽明天皇御宇御
- 印本に名神ノ二字を落せり、式ノ名
- 八幡大菩〓の名義は、豐前志宇佐宮件
- 延喜廿一年太宰大貳藤原眞材、奉勅建八幡大神宮於筑前筥崎ともあり、今
- もあるべし、延喜式に筥崎宮とあれば、それより遙に古くより筥崎にまし
- 那珂郡上
- 筑前之八
- 壬生忠峰、此御社に詣たるに、神功皇
- 神
- 那珂郡下
- ます事は論なきをや、猿樂の〓に筥崎といふ曲あり、それに延喜帝の御時、
- 后のあらはれ給ひし事を造れり、
- ○中
- 名
- 略
- 筑
頭注
- 延喜式以
- 〓明天皇
- 前鎭座説
- 以前鎭座
- ノ胞衣筥
- ヲ埋ムト
- 應神天皇
- 説
- ノ説
- 寫崎
柱
- 延長元年是歳
ノンブル
- 五四七
注記 (48)
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