『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.664

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驗有て、將門遂に貞盛、秀郷がために、首を獲られぬ、, 里の不動尊の御あらかにまうでつく、むかし見しにはやうかはり、棟をな, の木像は、弘法大師刻奉らして、高雄の神護寺の護摩堂に、年久しくたゝせ, たまひしを、平將門がさわぎの時、勅を奉りて、あまたのげんざたち、賊徒降, を祀る、弘法大師の御作にして、始は山城國高雄山神護國祚寺護摩堂の本, 成田山新勝寺といふ、眞言宗の大寺なり、縁起のことばをよむに、此不動尊, らべ、いらかをかさねて、堂塔の莊嚴、たぐひなき靈場のありさま也、別當を, 伏のいのりをせられしに、廣澤の寛朝僧正は、此靈像を請じ、難波津より南, 尊なり、故に靈驗甚多く、世に知る所なり、昔朱雀天皇天慶二年、相馬將門亂, 海を舟にて送りまゐらせ、此里にすゑ奉りて、丹誠をこらされけるが、その, を起しゝ時、廣澤遍照寺の寛朝僧正に命じ、調伏の法を修せしむ、乃この尊, 元祿十三歳在庚辰仲夏念八日武城愛阜圓福〓蒭覺眼書, 始末梗〓塞責云、, 〔利根川圖志〕四成田山新勝寺埴生郡成田村に在り、不動明王二童子, 駒のあゆみにまかせつゝ、とかくして、成田の, 〔相馬日記〕三廿六日, 〔相馬日記〕三廿六日、〓中駒のあゆみにまかせつゝ、とかくして、成田の, ○中, 略, 本尊, 寺ノ不動, 新勝寺ノ, 高雄神護, 建立ト其, ト新勝寺, 天慶三年二月十四日, 六六四

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  • ○中

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  • 本尊
  • 寺ノ不動
  • 新勝寺ノ
  • 高雄神護
  • 建立ト其
  • ト新勝寺

  • 天慶三年二月十四日

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  • 六六四

注記 (27)

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