『大日本史料』 1編 9 天暦元年 6月~7年7月 p.52

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らん、ともづか、白金の鍔いづくよりいりけむともみえず、朱雀院の御宇の, 特の事なり、當城難儀の折々、神變の事ども隱れなきものなり、太刀箱のし, 伊勢尾張のあはひの海面とは、多くは此所成, 事にや、いかばかり物古侍らむ、毎朝ほこりを拂ひ拭はれ侍れば、光さやか, め七重の袋、こま唐土の錦色々なり、再拜して鞘拔れたる、二尺七寸計そあ, 郷朝臣佳例也、其上兵本意者先登也、進先登之時、敵者以名〓知其仁、吾家自, 此太刀拜見のため、昨日は逗留の事なれば、未明におきて行水看經などし, 侍りし、勢田橋再興勸進十穀、これもけふを待えて、早天より尋ね來れり、奇, の家は俵藤太秀郷の末孫にて、彼龍宮より褒美の太刀所持せられたり、毎, 時、用家樣者故實也云々、于時蒙御感、, 月朔日には同名衆出仕、三日潔齋して、供具をそなへ、三獻の儀式嚴重なり、, に見るから身の毛もよだつやうなり、一年強敵に逢て鍔をわられ、已にぬ, 後見此簡、可必知其先登之由者也、但可令付袖給否、可在御意、調進如此物之, ればとて、牧月齋の城へ、ぢきにとて、道まで使有, 〔東國紀行〕桑名に渡海、, けふは十一月晦日、こ, 參宮のたより、ことに興行定れるやうにて、假初のやども程遠け, べし、, ○中, ○中, ○中, 略, 略, 略, ○, ノ太刀, 秀郷所持, 天暦元年閏七月二十四日, 五二

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  • ○中

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  • ノ太刀
  • 秀郷所持

  • 天暦元年閏七月二十四日

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  • 五二

注記 (29)

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