『大日本史料』 1編 9 天暦元年 6月~7年7月 p.449

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藤原の高子, に、天下のため、大義を思ひて、さためおこなはれけるいとめてたし、されは, しるし傳え侍るめれ、此大臣まさしき外戚の臣にて、政を專らにせられし, 一家にも人こそおほくきこえしかと、攝政關白は此大臣の末のみそ絶せ, 子、御とし九才にて位につき給ふ、后の御せうと關白昭宣公御後見し給て、, ぬ事になりにける、つき〳〵大臣大將にのほる藤原の人々も、皆此大臣の, 八年にてしりそけられ、八十一歳まておまし〳〵き、, せしに、昭帝世をはやくし給ひしかは、昌邑王を立て天子とす、昌邑不徳に, 世の政をしたまひしが、此みかどはいさゝか御物狂はしうおはしまして、, 經攝政して太政大臣に任す, きて廢立の事をさためられにけり、むかし漢の霍光、昭帝をたすけて攝政, 〔賀茂皇太神宮記〕當時の御門をば陽成院とぞ申ける、清和天皇第一の御, して器にたへす、即廢立をおこなひて、宣帝を立奉りき、霍光か大功とこそ, 苗商なり、積善の餘慶なりとこそおほえ侍れ、天皇天下をおさめたまふ事, 事のことし、此天皇性惡にして、人主の器に堪すみえ給ひけれは、攝政なけ, 忠仁公の故, 贈太政大臣長良の女也、丁酉のとし即位改元、右大臣基, 此大臣は良房の養子なり、實は中, 納言長良の男、此天皇の外舅なり, 二條の, 后と申, 御性質, ニ堪へ給, 人主ノ器, ハズ, 天暦三年九月二十九日, 四四九

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  • 此大臣は良房の養子なり、實は中
  • 納言長良の男、此天皇の外舅なり
  • 二條の
  • 后と申

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  • 御性質
  • ニ堪へ給
  • 人主ノ器
  • ハズ

  • 天暦三年九月二十九日

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  • 四四九

注記 (27)

  • 1820,629,54,338藤原の高子
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