『大日本史料』 1編 12 康保 4年 5月~安和2年8月 p.379

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てまつらせ給へりしに、おもはさるほかのことによりて、帥にならせ給て、いと〳〵, つりて、やしなひかしつきたてまつりて、もちたまへるに、, こゝろうかりし事そかし、その御女におはします、それをかの殿筑紫におはしましけ, 被儲饗祿、被尋先例之處、安和二年粟田大臣在衡、, 不被行大饗云々、, たるも、同延喜の皇子におはします、女子もおはせさりけれは、この君をとりたてま, るとし、このひめきみまたいとおさなくおはしましけるを、御をちの十五の宮とまし, 粟田左大臣在衡、, 〔大鏡〕, 〔兵範記〕仁安元年十一月十日、庚戌、天晴、明日可有任大臣事、但新任丞相不可, 又高松殿のうへと申も、源氏にておはします、延喜の皇子高明親王を左大臣になした, 〔園太暦〕觀應二年四月廿日、, 古來當職人任大臣無饗祿例, 午大臣にうつり給事、西宮殿つくしへ下給御替也、その御事のみたれ, は、この小一條のおとゝのいひいて給へるとそよの人きこえし、, このおとゝ, 太政大臣道長上, 高松, ○中, ○中, ○東松了〓氏所藏, ○下, 略, ○中, 略, 略, 五, 略, 給フ, 大饗ヲ行ハ, 子ヲ收養シ, 明ノ幼女明, 盛明親王高, 在衡任大臣, 事師尹ノ謀, 計ニ出ヅト, ノ説, ズ, 安和二年三月二十五日, 三七九

割注

  • ○中
  • ○東松了〓氏所藏
  • ○下

頭注

  • 給フ
  • 大饗ヲ行ハ
  • 子ヲ收養シ
  • 明ノ幼女明
  • 盛明親王高
  • 在衡任大臣
  • 事師尹ノ謀
  • 計ニ出ヅト
  • ノ説

  • 安和二年三月二十五日

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  • 三七九

注記 (40)

  • 1415,599,57,2166てまつらせ給へりしに、おもはさるほかのことによりて、帥にならせ給て、いと〳〵
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