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賢僧都こゝに寺職し給ふ、此僧都は則滿仲公第三男美丈丸なり、, 基王と申ける、, ひ、法號を滿慶と稱す、七十六歳の時、華山上皇寛和二年當山に行幸ありて、勅し, し給ひては、文武兼備の名將、和歌の達人、多田滿仲公とは此若君也、若冠の時、, る事は論するに足らす、山岳崎嶇として馬蹄逮はす、城壁凸出として弓精に掛らす、, 此時の肖像を御年半百の頃自彫刻し給ふ、是當院の神躰也、六十五歳の時薙髪し給, 莊に入城し給ふ、これを新田城とそ號らる、本來神明授與の地なれば、地の利の勝た, 當國第一の要涯也、廿四歳の御時、始て源の姓を賜ふ、由是清和源氏の始祖とす、, 十六代清和帝の後胤也、此君の第一宮貞明親王讓位受禪ありて、陽成天皇と號し奉, ある時住吉の瑞籬に參籠し給ひ、七日七夜の間、〓仰祈念を凝し、再拜頓首の後、, 靈夢を蒙り、此多田莊に赴き給ひ、九頭の毒蛇を平け、天祿元年三月十五日、多田, 姻ありて、程なく妊身とならせ給ひ、同十二年四月十日御出誕まし〳〵けり、成長, 父六孫王と倶に出陣し給ひ、關東にては平將門、九州にては純友等の強敵を滅し、, る、第六宮中務卿正四位上貞純親王は、一條大宮桃園宮に, 此王の御簾中は、武藏守橘朝臣敏有の息女にして、延喜十年に婚, 源氏は人皇五, 住給ふ、御子を經, ○中, 略ス、, ○中, ○注, 略, 略, 要害, 當國第一ノ, 城ト號ス, 滿仲自作ノ, 像ヲ神體ト, ニ入リ新田, 滿仲多田莊, 住持源賢, ス, 天祿元年是歳, 二八三
割注
- ○中
- 略ス、
- ○注
- 略
頭注
- 要害
- 當國第一ノ
- 城ト號ス
- 滿仲自作ノ
- 像ヲ神體ト
- ニ入リ新田
- 滿仲多田莊
- 住持源賢
- ス
柱
- 天祿元年是歳
ノンブル
- 二八三
注記 (34)
- 1897,617,64,1634賢僧都こゝに寺職し給ふ、此僧都は則滿仲公第三男美丈丸なり、
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