『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.297

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三千の衆徒とこそ承侍る、我ちから及かたくやといへは、さはいへと纔に二千なり、, つらひしに、ある夕つかた、母の夢に一人の僧枕の許に來りて、扁鵲といふ共汝か病, ね、月卿車をきしる、みかとも師のすみたまふ室の内をも分みまほしき御心は有なか, 寂定と名付給ひし院の砌に、楓の木ともおほかり、紅葉のさかりには、雲客袖をつら, いやさむ事あらし、若吾山の衆を供養せは病はいえてんと云、母夢の内に、誰人に侍, 夢の告に露たかはされは、家の内の寶をつくし供養しけれは病則をこたりぬ、七百をの, とく〳〵供養せよとありて覺ぬ、あやしく思ひて、子とも山につかはしきかせしに、, れはかくは宣ふと云、我はこれ山王なりとの給へは、いとありかたく思ひ、かの山は, のそき二千をそ法席にのそませ給ふ、つとめてののち、伊香郡の人の母なんおもくわ, 天元三年卯月の朔日比、根本大師の古きためしを覺して、山侶をいて三聖の御社にて, 金剛般若經を誦せしめ給ふ、其衆二千七百人ありしを、いかゝおほしけむ、七百をは, そきて二千人を般若の法席につらね給ふ事、權現の神慮と一符をあはせたるかことし、, 略ス、, ○繪, 略ス、, 略ス、, 寛和元年正月三日, 二九七

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  • 略ス、

  • 寛和元年正月三日

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  • 二九七

注記 (18)

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