『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.380

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

夫殿、この御かはりに、左大將になり給ぬ, の人のこりなくまいりこむほとに、内大臣とのゝ御なけきさへありて、さ, しらせ給ふへき御事ともありて、そのけしきを見えたるにやあるらん、よ, ま〳〵もの覺しなけく程に、粟田殿ゆめ見さはかしうおはしまし、物のさ, ちの殿はら、世中を、やすからすなけきおほしさゝめきたるは、あはた殿を、, かたの御せうとのなにくれのかみとも、いかなるへき事にかと、おもひあ, ほとはすくさせ給へかしと、もとかしう聞えおもふ人々あるへし、きたの, 〳〵の御いのりともをこなはせて、手をひたいにあてゝ、よるひるいのり, おそろしき物に思ひきこえたるになむ、又女院の御心おきても、あはた殿, はてたり、二位のしんほち、此御いみにもこもらて、さへき僧ともして、さま, まうす、あないみしといひ思ふ程に、小一條大將、四月廿三日にうせ給ひぬ、, ともを、われもし、又人してもをこなはせて、さりともと心のとかにおほせ、, 内大臣との、世中あやうくお, ほさるゝまゝに、二位をたゆむな〳〵とせめの給へは、二位えもいはぬ法, なに事も人やはする、たゝ天道こそおこなはせ給へと、たのめきこゆ、御を, 左右の大將、しはしもおはせぬもあしき事にや、中宮大, 長徳元年四月二十七日, ○中略、二十三日、濟, 時薨去ノ條ニ收ム, ○中, 略, 伊周高階, 成忠ヲシ, テ祈祷セ, ノ許ニ集, 世人道兼, シム, 長徳元年四月二十七日, 三八〇

割注

  • ○中略、二十三日、濟
  • 時薨去ノ條ニ收ム
  • ○中

頭注

  • 伊周高階
  • 成忠ヲシ
  • テ祈祷セ
  • ノ許ニ集
  • 世人道兼
  • シム

  • 長徳元年四月二十七日

ノンブル

  • 三八〇

注記 (29)

  • 1099,668,59,1199夫殿、この御かはりに、左大將になり給ぬ
  • 291,672,57,2193の人のこりなくまいりこむほとに、内大臣とのゝ御なけきさへありて、さ
  • 405,674,59,2190しらせ給ふへき御事ともありて、そのけしきを見えたるにやあるらん、よ
  • 174,675,60,2182ま〳〵もの覺しなけく程に、粟田殿ゆめ見さはかしうおはしまし、物のさ
  • 635,667,60,2213ちの殿はら、世中を、やすからすなけきおほしさゝめきたるは、あはた殿を、
  • 1684,673,57,2192かたの御せうとのなにくれのかみとも、いかなるへき事にかと、おもひあ
  • 1800,669,59,2189ほとはすくさせ給へかしと、もとかしう聞えおもふ人々あるへし、きたの
  • 1450,665,57,2200〳〵の御いのりともをこなはせて、手をひたいにあてゝ、よるひるいのり
  • 517,673,60,2194おそろしき物に思ひきこえたるになむ、又女院の御心おきても、あはた殿
  • 1565,674,56,2186はてたり、二位のしんほち、此御いみにもこもらて、さへき僧ともして、さま
  • 1334,667,58,2216まうす、あないみしといひ思ふ程に、小一條大將、四月廿三日にうせ給ひぬ、
  • 866,667,60,2214ともを、われもし、又人してもをこなはせて、さりともと心のとかにおほせ、
  • 1101,2026,57,835内大臣との、世中あやうくお
  • 984,667,58,2198ほさるゝまゝに、二位をたゆむな〳〵とせめの給へは、二位えもいはぬ法
  • 752,666,57,2202なに事も人やはする、たゝ天道こそおこなはせ給へと、たのめきこゆ、御を
  • 1216,1234,58,1635左右の大將、しはしもおはせぬもあしき事にや、中宮大
  • 1916,734,43,422長徳元年四月二十七日
  • 1244,674,45,539○中略、二十三日、濟
  • 1201,673,42,546時薨去ノ條ニ收ム
  • 1131,1893,39,107○中
  • 1087,1892,40,37
  • 924,313,41,167伊周高階
  • 882,313,40,162成忠ヲシ
  • 837,318,41,154テ祈祷セ
  • 415,321,41,158ノ許ニ集
  • 460,313,43,167世人道兼
  • 800,319,29,66シム
  • 1916,734,43,422長徳元年四月二十七日
  • 1917,2462,43,117三八〇

類似アイテム