『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.581

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式云々、被仰云、事出自勅語、然則可違勅、公方不可然之由執申、爰以文範令問, いまひとりの宮す所は、其上の宰相のむすめにや、その, 後朝のつかひ敦忠の中納言少將にてし給ひける、宮うせ給て後、この中納, 部卿はりまのかみにて、殿の家司にてさふらはるゝを、われは命みしかき, 文之時、勘會諸司文書、加署判之者、可勘其罪状之由、被問公方、公方勘云、當違, 言にはあひ給へるを、かきりなく思ひなから、いかゝ見給ひけん、文範の民, さうなり、かならすしなんす、その後、君はこの文範にそあひ給はんとの給, ひけるを、あるましきことゝいらへ給けれは、あまかけりても見ん、世にた, 問云、公方違式違勅論其義如何、答云、天暦御時、諸國受領不濟率分之輩、勘公, 公方違式違勅論事, 〔江談抄, かへ給はしなとの給ひけるか、まことにさていますかるそかし、, して、三四人也、, 〔大鏡, 左大臣時平先坊にみやす所まいり給事、本院のおとゝの御娘く, 文圓, 理方母左衞門内侍、, 明肇, 長徳二年三月二十八日, ○中, 雜事, 少僧都、普門寺、, 母、, 略, 阿、, 母, 左大臣時平, 藤原敦忠, 惟宗公方, 論ズ, ト違式違, 勅ノ義ヲ, ノ家司, 長徳二年三月二十八日, 五八一

割注

  • ○中
  • 雜事
  • 少僧都、普門寺、
  • 母、
  • 阿、
  • 左大臣時平

頭注

  • 藤原敦忠
  • 惟宗公方
  • 論ズ
  • ト違式違
  • 勅ノ義ヲ
  • ノ家司

  • 長徳二年三月二十八日

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  • 五八一

注記 (35)

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