『大日本史料』 2編 4 長保2年9月~5年12月 p.333

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つらせ給へれは、内もいとうつくしうあはれに思ひ聞えさせ給て、いたき, へは、さてあしうやはへる、つれ〳〵におほしめすに、かくまきれ侍れはと, 奉らせたまひつゝありかせ給ふに、ならはせ給てわたらせたまへは、した, ひきこえさせ給ひてなかせ給ほとも、いとうつくしう思ひきこえさせ給, 申させ給まゝに、御〓のうかはせ給を、院もいとあはれに見奉らせ給ふ、, 經一千卷ヲ書寫セシメ、大極殿ニ於テ、之ヲ轉讀セシム、, リ給フコト、二年十二月十六日、御生母皇后崩御ノ條ニ見ユ、, 疫也, ○皇女御參内ノコト、便宜合敍ス、御誕生ノコト及ビ東三條院迎へ取, へり、院の今さらにかゝる人をあつけさせ給て、心とまる事と申させたま, 〔權記〕三月十八日、〓寅、, 極殿可被行千口壽命經御讀經、充寺分、被奏左大臣、權左中辨、, 三月廿八日、庚子、於大極殿、請千口僧、讀壽命經、依天下疾, 二十八日、, 又被定申臨時金剛, 中宮及ビ東宮御讀經、又、疾疫ニ依リ、群臣ヲシテ、金剛壽命, 後聞、被定來廿八日於大, 〔日本紀略〕, 廿五日、丁酉、〓中左丞就陣、, 左丞就陣, ル、本月十八日ノ條ニ收ム, ○中略、陣申文ノコトニカ, 講ズルコト等ニカヽル, ○中略、大極殿ニ仁王經ヲ, ○扶桑略, 子, 庚, 記同ジ, 略, 院, 一條, 請僧千口, 僧名定, 長保三年三月二十八日, 三三三

割注

  • ル、本月十八日ノ條ニ收ム
  • ○中略、陣申文ノコトニカ
  • 講ズルコト等ニカヽル
  • ○中略、大極殿ニ仁王經ヲ
  • ○扶桑略
  • 記同ジ
  • 一條

頭注

  • 請僧千口
  • 僧名定

  • 長保三年三月二十八日

ノンブル

  • 三三三

注記 (35)

  • 1919,674,67,2189つらせ給へれは、内もいとうつくしうあはれに思ひ聞えさせ給て、いたき
  • 1454,675,67,2183へは、さてあしうやはへる、つれ〳〵におほしめすに、かくまきれ侍れはと
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