『大日本史料』 2編 6 寛弘4年12月~8年6月 p.310

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兩三日を過て、一の伽藍有り、吾朝の補陀落山也、彼所に往て、觀音に歸奉ら, 十月廿一日に、僧都往生を遂畢、同二年の春、先日の夢の趣を相尋に、有人の, 音とは二の翼のことし、然に吾に仕へては年久し、今は觀音に歸奉るへし、, 觀音の靈驗所あまた候、いつれの觀音にか歸奉へき、貴僧云、此より西南方, 年の春頃、十禪寺の社壇に參籠して、來世の得〓を祈請す、夢中に御殿のう, は、往生無疑、但奉仕師長は、成佛の基なり、僧都往生の後に尋行へき也、同年, 我濟度をなし、觀音蓮臺を捧給はすは、汝か出離更に叶へからす、聖人申云、, ちより貴僧一人出て云、我身は濟度の主也、觀音は慈悲の本なり、我身と觀, 石崇は天台座主陽生僧都の弟子なり、顯密兼學して、知行相並へり、正暦元, 云、粉河寺なるへし、彼所こそ生身の觀音の住給ふ所也、又補陀落海の浪、御, 速ニ本國ニ可返シト宣テ、道ヲ教テ返シ遣, レル所ノ地藏菩薩也、汝チ我ヵ像ヲ造シリ、其ノ故我シ來テ、汝ヲ助ル也, 也ト語ル、其ノ後、雲林院, トヤ、, 有ル僧ヲ語テ、泥塔ヲ造リ供養シ、懺悔ヲ令行ケリ、亦地藏菩薩ヲ供養シ奉, 〔粉河寺縁起〕第廿五石崇聖人奉山王十禪師勅參當寺遂往生事, テ、懃ニ禮拜恭敬シ奉, 語リ傳, シタ, ヘタ, ナム, ケリト, ル, 石〓粉河, 地藏尊像, 女ヲ助ク, 寺ニ寂ス, 寛弘五年雜載, 三一〇

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  • 石〓粉河
  • 地藏尊像
  • 女ヲ助ク
  • 寺ニ寂ス

  • 寛弘五年雜載

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  • 三一〇

注記 (29)

  • 481,668,61,2218兩三日を過て、一の伽藍有り、吾朝の補陀落山也、彼所に往て、觀音に歸奉ら
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