『大日本史料』 2編 7 寛弘8年7月~長和2年10月 p.227

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山城國葛野郡小野郷上村陵、百姓新左衞門家裏軒下、地形貳尺餘高ク、石垣, な諒闇になりぬ、殿上人のつるはみのうへのきぬのありさまなとも、から, なるきはに、かゝる事のいてきたるを、いといみしき世間の大事なり、, 冷泉院陵在神樂岡、寛弘八年十月、葬, 〳〵に御をくりせさせ給へうおきて申させ給も、いみしうあはれにめて, おろかなり、一天下のものなけきにしたり、よろつをしつくして、いまはに, すなとのやうにみえてあはれなり、よろつもののはへなく、くちをしとも, のみそ、をきてつかうまつらせ給、内にはわか御かはりとおほしめして、宮, たし、のち〳〵の御事ともゝ、あはれにめてたくせさせ給へし、よのなかみ, 〔山陵圖誌〕六十三代冷泉帝, 於櫻本寺西北、, ニ而積上ケ、畑中與一面之地形之所へ、正木之木植有之、下ニ五輪有之候、畑, 〔山陵圖誌〕冷泉帝御火葬所, 際立不申候, 〔參考〕, 〔山城名跡巡行志〕, 略ス、, 二愛宕郡二, ○圖, 編年, 集盛、, 寺社名所古跡, 地, 與, 名代ニ立, 皇子ヲ御, テ給フ, 御火葬所, 寛弘八年十一月十六日, 二二七

割注

  • 略ス、
  • 二愛宕郡二
  • ○圖
  • 編年
  • 集盛、
  • 寺社名所古跡

頭注

  • 名代ニ立
  • 皇子ヲ御
  • テ給フ
  • 御火葬所

  • 寛弘八年十一月十六日

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  • 二二七

注記 (30)

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