『大日本史料』 2編 17 治安元年4月~雑載 p.170

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徳左衞門か先祖見付て拾ひたるとや、, 抑も此所を大江山とて、昔酒呑童子の住居したる所と云説ありといへ共、左には非す、, 雲岩庵, なり、京都へ宮津よりの海道貳里餘行て、佛性寺村と云ふ所あり、是より右へ登りて、, 山酒呑童子に源頼光酒を進められし時の銚子成とて、兩口の長柄の銚子あり、桐の木, を狩すとて犬を引かけたるに、其邊をかけて廻りける程に、同く獵師も付廻りて、此, の樣戍木目ありて、内を黒く、ふちと底とを朱にて塗立たる酒器也、獵師大江山の麓, 南に當て、此所は岩屋とて、丹波の大江山より出城もして、酒呑童子か一族居せしと, 宮津よりの海道なり、四辻徳左衞門と云ふ者の家に、代々持傳へたるよしにて、大江, 山を一里登れハ、大成岩穴あり、則此所昔童子か一類共住ける岩屋なりと云ふ、山の, 岨に高サ四尺斗横五尺斗の岩穴ありて、内へ入て見れは、八・九疊敷へきうろあり、, 大江山千丈嶽城下より四里餘、坤の方、, 頼光鬼神を平け玉ひし大江山は、丹波の内にあり、今鬼ケ城とて、宮津よりは廿里餘, 〔宮津記〕, 此寺邊に雲の岩に成たるとて、雲形の岩あり、此所へ四辻と云ふ村あり、但州出石へ, (成相寺), 治安元年七月十九日, 一七〇

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  • (成相寺)

  • 治安元年七月十九日

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  • 一七〇

注記 (18)

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