『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.707

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ひそかに書付て壁にをしける、, に上中下海に入たる面白さは、詞にあらはしかたし、石に〓沙門形をのつ, からなる所過て、くんたと云浦より、文珠龍王戒をさつけ給し布施黄金岩, と成□ありける、戒岩寺を過て、宮川と云村より文珠堂こ入了、院主出むか, よりの案内不屆して、迎舟も見えす、敵味方のさかひめとて待りひけるに、, て、廿一日、嶺山よりの御迎を友なひ、廿三日こ出けるに、大志萬但馬守父道, あやしきはり舟をえて、心前なとは殘して、地嶋にあかりぬ、二日はろり有, 名かへして、富を心にかけて、六時のおこなひも、たえ〳〵なるをいさめて, にて暇をも不乞、願行寺嚴阿一人案内者にて、各〳〵に立別、此僧は見雲と, 育舟ともあつめて、千とせの浦にて朝乃烟をたてける間こ、發句所望、, 夏の日や劣へき千とせの浦の松, 松尾山をおかみて、志樂の地中と云所より航さんとおもへるに、前日和田, 文珠此所にて千年御説法跡とて、岩と師子か鼻鮮也嶋〳〵乃そひえたる, うかひたる雲を見より嚴き阿彌陀の國を願ひ行なへ, 歸京之時、則興行畢, 戒岩寺ヲ, 丹後ニ入, 二十一日, 二十三日, 過グ, ル, 永祿十二年閏五月二十四日, 七〇七

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  • 戒岩寺ヲ
  • 丹後ニ入
  • 二十一日
  • 二十三日
  • 過グ

  • 永祿十二年閏五月二十四日

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  • 七〇七

注記 (23)

  • 1676,683,56,922ひそかに書付て壁にをしける、
  • 508,684,64,2180に上中下海に入たる面白さは、詞にあらはしかたし、石に〓沙門形をのつ
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