『大日本史料』 2編 22 万寿2年8月~3年正月 p.289

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より始て、八王子山に至る迄、木こと〳〵く枯盡けり、石遠かなしみの餘り、三塔に觸, なを後五百歳の初也、遺法利盆もとも此時に當れり、大宮權現は正是釋尊也、正像末の, 一山九院、とこ闇にまよはんことこそかなしけれ、たゝし世澆季にいたるといへとも、, 二時に衆生を導給へきよし、一代聖教の面にくわしく説をき給へるそかし、よりてさら, まはりけれは、三千の衆徒皆歎云、釋尊の日すてに隱れて、慈氏の月いまた出す、たゝ, たのむところは山王垂跡の化導也、而吾權現利生をやめ給なは、總は六十餘州、別而は, らむとて、社壇につきて泣々禮拜講を修けれは、材木欝茂にして、泉石いにしへに{, 至りては具すへからさる也、千信は實性の者なれは、嫌思召けるにや、其後社頭の樹下, をあけて御馬を引立て、石遠を召て仰られて云、王城北に石影と云所に遷御すへき也、, 神の末葉なり、まさしく事の心を示して、一天四海に菩提心をすゝめ給へきにてそある, て、毎年永代の勤行とせむとて、萬壽二年にそはしめける、石遠は琴御舘遺胤、山末明, さら卑下すへからさるか、されは懇に顯密法味を奉るへき中に、超は圓頓上乘を講讚し, 汝早く御供すへき也とありけれは、石遠申云、千信をも召くすへきか、神勅云、千信に, 永觀二年に禰宜に任たりける、或時示現をかうふりけるは、大宮寶殿の正面の間の御簾, 萬壽二年雜載, 二八九

  • 萬壽二年雜載

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  • 二八九

注記 (16)

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