『大日本史料』 3編 2 寛治5年1月~寛治7年9月 p.927

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きかすとて負畢、, 三番郭公, 之後拾遺入之、今所難先後不覺云云、, たる心ちすれとも、すかた歌めきて侍れは持と申、, いはれぬことなり、但右歌はしたゝかにつかうまつれり、左歌はあさか, なかすとて打もふされす時鳥聲待人もねかたかりけり, れ、あやめは別物名なり、判者云、さうふをあやめといふ事けふはしめす、, 江記云右方人云、於御前專不詠夜短詞、依濫於世之一首、鄙詞三所なとか、さ, のぬまによせて、根をはひくてもたゆくなかしとよみたる、ことたかひ, 左はいと〳〵をかし、右上下ことたかひたる心地して、またほとゝきす, 江記云、右方人云、淺鹿沼間在陸奧、自京一月路也、不可逢今日事、所引之昌蒲, ふた聲となとかきなかぬ時鳥さこそみしかき夏の夜ならめ, 黄損歟云云、永承四年殿上根合暹、歌無草字、而被撰入、况右大辨通俊已所撰, 雅俊卿, 右, 右雅俊卿, 左勝堀河殿, 左, 堀河殿, 左勝, 勝, 勝, 難ズ, 匡房判ヲ, 寛治七年五月五日, 九二七

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  • 難ズ
  • 匡房判ヲ

  • 寛治七年五月五日

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  • 九二七

注記 (26)

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