『大日本史料』 3編 3 寛治7年10月~嘉保2年11月 p.499

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

にこそ、同し御はらに、その次に大納言と申は、入道右大臣の御子にし給ひ, て、高くのほり給へるなるへし, も多くおはすれと、さのみ申つくしかたし、山に相覺僧都とて、大原にすみ, 六條のおほいとののきんたちなと僧, たまふおはしき、醍醐には大僧正定海とて、讚岐のみかとの護持僧におは, 給こそ、入道治部卿の御子にはふみなとつたへ給らめ、家をつき給へる人, しき、ならには山科てらの隆覺僧正、東大寺の覺樹僧都と申しゝは、東南院, 六條殿の御子は、又おとこも丹波の前司、和泉, ときこえ給き、皆やんことなき學生におはしき、又覺雅僧都とてもおはし, これは信濃守伊綱の女のはらにおはするなるへし、同しはらに, 信雅のみちのおくの守とておはしき, き、歌よみにそおはせし、, 入道中納言のきんたちそこの御なかれには、上達部なとにてもあまたき, のむすめの内侍のはらに、雅兼の治部卿と申す中納言おはしき, この, 又六條殿の御子に、因幡守惟綱, の前司なと申しておはしき、, 又やまもゝの大納言顯雅とて、六條のおほい殿の御子おは, 能俊の大納言のむすめの御はらに、當時中納言雅頼ときこえ, しき, はすらん、, こえ給、, ○中, ○中, ○中, ○中, ○中, ○中, ○中, 略, 略, 略, 略, 略, 略, 略, 嘉保元年九月五日, 四九九

割注

  • ○中

  • 嘉保元年九月五日

ノンブル

  • 四九九

注記 (38)

  • 1112,644,59,2189にこそ、同し御はらに、その次に大納言と申は、入道右大臣の御子にし給ひ
  • 999,647,58,906て、高くのほり給へるなるへし
  • 883,644,57,2188も多くおはすれと、さのみ申つくしかたし、山に相覺僧都とて、大原にすみ
  • 998,1715,56,1126六條のおほいとののきんたちなと僧
  • 765,644,60,2192たまふおはしき、醍醐には大僧正定海とて、讚岐のみかとの護持僧におは
  • 1228,642,62,2193給こそ、入道治部卿の御子にはふみなとつたへ給らめ、家をつき給へる人
  • 650,644,60,2192しき、ならには山科てらの隆覺僧正、東大寺の覺樹僧都と申しゝは、東南院
  • 421,1500,60,1336六條殿の御子は、又おとこも丹波の前司、和泉
  • 537,646,59,2194ときこえ給き、皆やんことなき學生におはしき、又覺雅僧都とてもおはし
  • 1807,936,55,1900これは信濃守伊綱の女のはらにおはするなるへし、同しはらに
  • 1693,648,56,1125信雅のみちのおくの守とておはしき
  • 422,645,61,705き、歌よみにそおはせし、
  • 1461,647,60,2193入道中納言のきんたちそこの御なかれには、上達部なとにてもあまたき
  • 1576,651,58,1906のむすめの内侍のはらに、雅兼の治部卿と申す中納言おはしき
  • 1578,2727,47,110この
  • 1689,1932,58,911又六條殿の御子に、因幡守惟綱
  • 310,647,56,844の前司なと申しておはしき、
  • 1920,1073,62,1765又やまもゝの大納言顯雅とて、六條のおほい殿の御子おは
  • 1344,997,58,1843能俊の大納言のむすめの御はらに、當時中納言雅頼ときこえ
  • 1822,648,42,128しき
  • 1927,651,51,273はすらん、
  • 1347,647,59,200こえ給、
  • 1836,798,41,105○中
  • 1375,862,44,112○中
  • 452,1364,41,110○中
  • 1951,936,41,112○中
  • 1721,1791,40,113○中
  • 1604,2569,45,121○中
  • 1028,1575,41,113○中
  • 1677,1795,40,37
  • 984,1581,40,39
  • 1907,936,41,40
  • 406,1363,38,39
  • 1561,2576,38,39
  • 1794,797,39,36
  • 1334,864,35,37
  • 208,721,45,342嘉保元年九月五日
  • 207,2443,42,125四九九

類似アイテム