『大日本史料』 2編 25 万寿4年11月~12月 p.65

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し、まいらせ給て、東宮の女御にてさふらはせ給、入道せしめ給てのちのことなれは、, ふきをたかくつかひつゝいひしこそおかしかりしか、女君達の御ありさまかくのことし、, ならせ給、妊し給て七八月にそあたらせ給へる、入道殿の御ありさまみたてまつるに、, てまいらせ給て、またのとし長保二年庚子二月廿五日、十三にてきさきにたち給て、中, 又次の女きみ、これもないしのかみにて、いまのみかと十一歳にて、寛仁一年, いまの關白殿の御女となつけたてまつりてこそはまいらせたまひしか、ことしは十九に, かならすをのこにてそおはしまさん、このおきなさらによも申あやまちはへらしと、あ, いらせたまうて、みやくらゐにつかせたまひにしかは、きさきにたゝせたまひて中宮と, おはします、その御さしつきの、内侍のかみと中し、三条院の東宮におはしましゝにま, 戊午正月二日御元服せさせたまふて、その二月にまいりたまうて、おなしきとしの十月, 十六日に、きさきにゐさせたまふて、たゝいまの中宮とまうして内におはします、又次, の女きみ、それもないしのかみ、十五におはします、いまの東宮十三にならせたまふと, 宮と中しほとに、, まうしき、御年十九、名廿このころは、この御母みやを皇大后宮と申て、枇杷殿におはし, ます、, 〓ふたところの御母后、太皇大后宮とまうして、天下第一の母にて, 威子, ○中, ○中, 略, (後一條天皇・東宮敦良親王, 略, 萬壽四年十二月四日, 六五

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  • ○中
  • (後一條天皇・東宮敦良親王

  • 萬壽四年十二月四日

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  • 六五

注記 (24)

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