『大日本史料』 3編 20 元永元年5月~元永元年11月 p.60

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十九日、, しとりつ、顯季卿一男中納言長實卿・二男參議家保卿、この道にたへすとて、三男左京, にけり、長柄橋の橋柱にてつくりたる文臺は、俊惠法師かもとよりつたはりて、後鳥羽, 披講せらるなる、いと興ある事也、, 顯季卿、近習にて所望しけれとも御ゆるしなかりけるを、あなかちに申て、つゐにうつ, 大夫顯輔卿にゆつりけり、兼房朝臣の正本は小野皇太后宮申うけて御らんしける程に、, 長ノ三條第ニ遷御アラセラル、, りけるを、家清卿傳とりて、うせてのち其子息のもとにありけるも、同院にめしおかれ, 正本に成にけるにこそ、實子なりとも、此道にたへさらんものにはつたふへからす、う, 院にめしおかれて、建長の比より影供なと侍にこそ、供具は家衡卿のもとにつたはりた, 院御時も、御會なとにとりいたされけり、一院御會に、彼影の前にて、其文臺にて和歌, 燒にけり、貫之か自筆の古今も其時おなしくやけにけり、口惜事也、されは顯季卿本か, 皇后令子内親王、西六條殿ノ怪異ニ依リテ、藤原忠, つしもすへからす、起請文あるとかや、件本、保季卿、成實卿にさつけられけり、今は, 經家子, (藤原), ヲ以テ校ス、, ○流布版本, 午、, 庚, 傳來, 歌道堪能ノ, 正本ハ燒失, 者ニ傳フベ, 供具文臺ノ, シ, 元永元年六月十九日, 六〇

割注

  • ヲ以テ校ス、
  • ○流布版本
  • 午、

頭注

  • 傳來
  • 歌道堪能ノ
  • 正本ハ燒失
  • 者ニ傳フベ
  • 供具文臺ノ

  • 元永元年六月十九日

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  • 六〇

注記 (28)

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  • 1700,617,57,2121しとりつ、顯季卿一男中納言長實卿・二男參議家保卿、この道にたへすとて、三男左京
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