『大日本史料』 5編 11 嘉禎2年12月~暦仁元年9月 p.218

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

沙汰ありけるとそ、, 御尋有けれは、いつれともわき難く候とはかり申て、思ふやう有けなるを、, き、只もとより面白くおほえて、書付てもたれけるなめり、, り〳〵に、そこをきはめさせ給へり、臣下數多聞えし中に、民部卿定家、宮内, 卿家隆とて、家のかせたゆる事なく、其道に名を得たりし人々也しかは、此, して、頓て出にけり、御覽せられけれは、, き歌よみ多く聞ゆる中に、何れか勝れ侍る、心に思はんやう有のまゝにと, 有明のつれなくみえしわかれよりあかつきはかりうきものはなし, 此うたを、兩人同しく書て參らせたり、同し心の程、いとゆふに興有よし、其, 二人にはいつれも及はさりけるに、或時攝政殿、宮内卿を召て、當時たゝし, 〔今物語〕近頃和歌の道殊にもてなされしかは、内裏、仙洞、攝家、いつれもと, た民部卿を召て、さきのやうに尋ねらるゝに、是も申やりたるかたなくて、, 其後ま, と書たり、此歌は、民部卿の歌也、かゝる御尋あるへしとは、いかてかしるへ, いかに〳〵とあなかちにとはせ給ひけれは、ふところよりたゝう紙を落, 明は又秋の半も過ぬへしかたふく月のおしきのみかは, 新勅秋上, 異事ナシ, ○十訓抄, 推賞ス, 家隆定家, ノ和歌ヲ, ノ和歌ヲ, 定家家隆, 推賞ス, 嘉禎三年四月九日, 二一八

割注

  • 異事ナシ
  • ○十訓抄

頭注

  • 推賞ス
  • 家隆定家
  • ノ和歌ヲ
  • 定家家隆

  • 嘉禎三年四月九日

ノンブル

  • 二一八

注記 (27)

  • 1647,613,53,563沙汰ありけるとそ、
  • 936,612,68,2187御尋有けれは、いつれともわき難く候とはかり申て、思ふやう有けなるを、
  • 364,606,66,1693き、只もとより面白くおほえて、書付てもたれけるなめり、
  • 1398,613,68,2184り〳〵に、そこをきはめさせ給へり、臣下數多聞えし中に、民部卿定家、宮内
  • 1284,610,67,2182卿家隆とて、家のかせたゆる事なく、其道に名を得たりし人々也しかは、此
  • 712,606,60,1133して、頓て出にけり、御覽せられけれは、
  • 1053,614,65,2175き歌よみ多く聞ゆる中に、何れか勝れ侍る、心に思はんやう有のまゝにと
  • 1862,684,60,1897有明のつれなくみえしわかれよりあかつきはかりうきものはなし
  • 1741,618,66,2176此うたを、兩人同しく書て參らせたり、同し心の程、いとゆふに興有よし、其
  • 1166,619,70,2171二人にはいつれも及はさりけるに、或時攝政殿、宮内卿を召て、當時たゝし
  • 1508,558,92,2239〔今物語〕近頃和歌の道殊にもてなされしかは、内裏、仙洞、攝家、いつれもと
  • 246,604,69,2198た民部卿を召て、さきのやうに尋ねらるゝに、是も申やりたるかたなくて、
  • 360,2587,60,198其後ま
  • 479,605,66,2174と書たり、此歌は、民部卿の歌也、かゝる御尋あるへしとは、いかてかしるへ
  • 817,612,68,2178いかに〳〵とあなかちにとはせ給ひけれは、ふところよりたゝう紙を落
  • 590,697,65,1888明は又秋の半も過ぬへしかたふく月のおしきのみかは
  • 657,639,44,167新勅秋上
  • 346,2311,41,251異事ナシ
  • 388,2313,45,248○十訓抄
  • 1137,258,41,118推賞ス
  • 1223,260,44,167家隆定家
  • 1182,266,38,156ノ和歌ヲ
  • 381,260,40,154ノ和歌ヲ
  • 424,253,44,168定家家隆
  • 337,250,41,119推賞ス
  • 1993,679,46,345嘉禎三年四月九日
  • 1986,2393,47,126二一八

類似アイテム