『大日本史料』 4編 2 文治3年9月~建久元年1月 p.794

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〔參考〕, サテミチノ國モ、皆郎從ドモニワケ取セ, クテ有ケリ, 郎等保志黒次郎、永代六次、池次郎等、同賜旗弓袋、依勳功之賞下賜之由、所被, 近き代の事そかし、頼朝の時まても、文治の比にや, 及賜所領、被下旗二流、被仰可備子孫眉目之由云々、小山下野大椽政光入道, 郡とて、きはめたる少き所を望み給りけるとそ、是は人にひろく賞をもお, 功、すくれたりけれは、五十四郡の中、いつくをも望むへかりけるに、長岡の, 奧の泰衡を追討しに、身つから向ふ事ありしに、平の重忠か、先陣にく、その, 文治五年九月廿日云々, 加銘也、盛時書之、, こなはしめんらためにや、かしこかりけるをのこにこそ、, 〔奧州五十四郡考〕葛岡、今併玉造郡爲邑、源義和曰、按東鑑、源二品東伐之, テ、此由上ヘ申テ、ウルハシク國司ナサレテ、年比ニモニズ、國司ノタメモ、ヨ, 〔神皇正統記〕, 日、自玉造經葛岡郡、而到磐井郡、葛岡乃在玉造磐井之間、而後併玉造郡、今有, 〔愚管抄〕五, ○下略、去月十日, 條二收メタリ、, ノ條二收メタリ。, 後醍醐, ○上略、七月十七日, 天皇, 〇, 重忠ヲ評, 北畠親房, ツキテノ, 葛岡郡二, 考, ス, 文治五年九月二十日, 七九四

割注

  • ○下略、去月十日
  • 條二收メタリ、
  • ノ條二收メタリ。
  • 後醍醐
  • ○上略、七月十七日
  • 天皇

頭注

  • 重忠ヲ評
  • 北畠親房
  • ツキテノ
  • 葛岡郡二

  • 文治五年九月二十日

ノンブル

  • 七九四

注記 (32)

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