『大日本史料』 4編 3 建久元年1月~3年2月 p.377

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るを以て、久しく別當たりしに, 抑此四員の内、別當、令の二員は、長官次官にして、政府の長, 江廣元を以て別當とし, とともに連署せり, 者なれは、武家の成敗乃至財用の事に至るまて、悉く統攝せさるはなし, 職員なれは、下文には連署せるなり、廣元もとより政理に熟し、文事に便な, 又、案主、知家事の二員は、其下司にして、分掌の職, にき、此四員の有司、必官職姓名を連署して、公裁の證驗とす, とし、中原光家を知家事に補せらる, なれは、階級殊に下れるものにて、權勢ある有司にあらす、されとも政府の, これより以後、政所下文, 年の春にいたりて、全く〓紳家の式に准し、公文所を改めて政所と號し、大, 藤原行政を令とし、藤井俊長を案主, 源邦業もしはらく別當に加補せられけれは、これもまた廣元, 編年記に、政所別當を以て, 是より先、公文, 當職たりしには, れに准せり, 執權と記せしは此故なり, 世に其草名を, るへし、又、建久三年六月の下文に、別當散位中原某と〓, ふ、終に永世の職名となる、其由は次條に詳なり、, 呼て判といふ, ことに專當するを以て、常に稱して政所執事とい, 帝王編年記に、邦業を〓せしは、在職久しからさる故な, ある〓のらす、, 體裁、悉くそ, 中行政は二階堂氏の始祖にて、政所の, 所別當な〓, は此故なり、元大臣大將家の政所より下文を出せる時は、其家司、別當、令、案, 主、知家事の四員連署せる舊式なり、鎌倉にも、其式にならへる故に、下文の, 行政以下三人、をと公文所寄人なり、就, ○下, し、同八年十二月の下文に、別當散位藤原某と載たるは、前にもいひ〻如、, 前掃部頭親能のことゝ見ゆれと、これは臨時に連署せしにて、ひたすら別, 略, 帝, 王, 案主, テ公文所, 式ニ准ジ, 後ノ下文, ヲ政所二, 政所設置, 知家事, 別當, 〓紳家ノ, 令, 改ム, 建久二年正月十五日, 三七七

割注

  • 編年記に、政所別當を以て
  • 是より先、公文
  • 當職たりしには
  • れに准せり
  • 執權と記せしは此故なり
  • 世に其草名を
  • るへし、又、建久三年六月の下文に、別當散位中原某と〓
  • ふ、終に永世の職名となる、其由は次條に詳なり、
  • 呼て判といふ
  • ことに專當するを以て、常に稱して政所執事とい
  • 帝王編年記に、邦業を〓せしは、在職久しからさる故な
  • ある〓のらす、
  • 體裁、悉くそ
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  • し、同八年十二月の下文に、別當散位藤原某と載たるは、前にもいひ〻如、
  • 前掃部頭親能のことゝ見ゆれと、これは臨時に連署せしにて、ひたすら別

頭注

  • 案主
  • テ公文所
  • 式ニ准ジ
  • 後ノ下文
  • ヲ政所二
  • 政所設置
  • 知家事
  • 別當
  • 〓紳家ノ
  • 改ム

  • 建久二年正月十五日

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  • 三七七

注記 (51)

  • 234,668,56,919るを以て、久しく別當たりしに
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