『大日本維新史料 編年之部』 3編 7 安政5年5月11日~5月晦日 p.230

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を離れ、砲丸の達せさる地を撰ふものなり、海岸を隔つること少なくも五里、(和蘭の里程なり、日本里數にして、凡そ一, なりと思へり、海岸の堅め調ひたる上は、屋敷構にても宜し、城の構も堅固なる上はなけれとも、人氣一致すれは何程の, さるものなり、是を以て、國王は城中にありて、内外の政務を取り、元帥は外に出て、勝敗の間に奔走するを肝要とす、又, 〔照國公遺跡録〕一, り、又敵軍艦を以て襲ひ來る時は、幾十日の久しきをも碇泊し、互に砲彈の戰爭なるやも知るへからす、然るとき、内國, 里半許なり、)否らされは砲丸達す、依て神瀬・櫻島等に、大砦壁を建設するときは、其憂少なしといへとも、相成るへく, ては相濟ます、先つ神瀬・櫻島等の砲臺より手を付け、其後城地の見立もなすへし、國分・蒲生の兩所、治亂共に便利の地, の政務も差置きとなるを以て、戰を開きたる上は、内治の怠なきを專要とせされは、遂に内亂れて、勝を制すること能は, は臆して身構すると云ふへし、然れとも、外夷との戰、大小砲の劇戰に變したるか故に、追々其邊の事にも手を付けすし, スル者ナカリシ、公乃チ家老ニ命シ、五月十八日書ヲ下シテ、其ノ克ク訓令ヲ守レルヲ褒セラレタリ、, 國王止むを得す、戰地に臨むときは、内地宰相は城中に在りて、國王の妻女を保護し、或は内政を執る、故に城地は、海岸, は、別に城地を移さるゝを宜しとするの趣なり、其件石川言上したるに、公曰く、如何にも尤のことなり、我も兼て遷城, 構よりも宜し、大阪の名城も遂に落城の例あり、又古の城地は、弓鎗或は小銃の備なく、今は何百斤の大砲となりたれ, の事を思はさるにあらされとも、日本の癖として、亂世には内政は、打棄て置くものゝ樣心得、或は城地の構を先んずれ, 海岸の一砦堡とも申すへし、万一海と陸との戰となり、海上より、大砲を以て射撃するときは、一二彈丸の爲め、直に破, 壤せられ、居住はなし難からん、其時に至り、國主走りて遁るゝ時は、兵氣も從つて挫け、難境に陷るは、論を俟たさるな, ニ入リ、船ニ囘ル、彼等皆公ノ英明ニ服セリト云フ、而シテ今囘ハ公ノ諭達ニ因リ、士民モ亦一同靜肅ニシテ、敢テ妄動, れたり、其時、神瀬築造の事よりして、「ハントウエーン」なるものゝ言上に、憚りなから城地は、西洋の例を以て申せは、, 安政五年の春、和蘭人鹿兒島へ來港の節、親しく〓見を允され、而して、石川確太郎等に、海岸守備に就き質問を命せら, 安政五年五月十三日, 車史所〓, ○〓需海, 鹿兒島守備, ニ就イテ蘭, 人ノ意見, 島津齊彬ノ, 意見, 安政五年五月十三日, 二三〇

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  • 車史所〓
  • ○〓需海

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  • 鹿兒島守備
  • ニ就イテ蘭
  • 人ノ意見
  • 島津齊彬ノ
  • 意見

  • 安政五年五月十三日

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  • 二三〇

注記 (29)

  • 787,659,47,2197を離れ、砲丸の達せさる地を撰ふものなり、海岸を隔つること少なくも五里、(和蘭の里程なり、日本里數にして、凡そ一
  • 265,658,49,2199なりと思へり、海岸の堅め調ひたる上は、屋敷構にても宜し、城の構も堅固なる上はなけれとも、人氣一致すれは何程の
  • 970,660,45,2198さるものなり、是を以て、國王は城中にありて、内外の政務を取り、元帥は外に出て、勝敗の間に奔走するを肝要とす、又
  • 1607,623,57,386〔照國公遺跡録〕一
  • 1145,658,47,2203り、又敵軍艦を以て襲ひ來る時は、幾十日の久しきをも碇泊し、互に砲彈の戰爭なるやも知るへからす、然るとき、内國
  • 699,655,47,2203里半許なり、)否らされは砲丸達す、依て神瀬・櫻島等に、大砦壁を建設するときは、其憂少なしといへとも、相成るへく
  • 350,661,49,2202ては相濟ます、先つ神瀬・櫻島等の砲臺より手を付け、其後城地の見立もなすへし、國分・蒲生の兩所、治亂共に便利の地
  • 1058,665,47,2191の政務も差置きとなるを以て、戰を開きたる上は、内治の怠なきを專要とせされは、遂に内亂れて、勝を制すること能は
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  • 1815,663,48,2195ニ入リ、船ニ囘ル、彼等皆公ノ英明ニ服セリト云フ、而シテ今囘ハ公ノ諭達ニ因リ、士民モ亦一同靜肅ニシテ、敢テ妄動
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