『大日本史料』 4編 7 建仁元年4月~3年12月 p.344

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上野新田入道を頼て、からめてをよせさす、大手は長澤, れん事くちおしかるへし、かは手き底のみくすとなすとも、名をは此河に, いくさにきかちにけり、, 〔參考〕, なかせやとて、五百余騎の勢にて、馬いかたをつくりてわたして、その日の, 渡けり、人もなかれす、馬もしなす、ある時、あしかゝよりちゝぬへよせし時、, ノ條ニ、徳川家康、義重ノ遺跡ヲ搜索シテ、大光院ヲ建ツル事、同十一月, ○コノ後、義重ニ鎭守府將軍ヲ贈ラルヽ事、慶長十六年三月二十二日, まれて、今日のいくさのからめ手によす多もの、かたきに舟をとられたれ, 五百余艘の舟を河原に引あ〓られて、新田わたりをせさりしに、人にたの, 搦手は古我杉のわたりといふ所をわたさんとすれと、ちゝぬかかたより, 九日ノ條ニ、從二位ヲ贈ラルヽ事、嘉永三年十月廿九日ノ條ニ見ユ、, はとて、こゝにひかへてあるものならは、かへりちらしてけりと思けかさ, の渡をす、, 太系圖舊新刻本ヲ併セ見ルニ、新田太郎、母ハ前ノ上, 野介藤原ノ敦基ノ女、九條院判官代左衞門尉、從五位下、大炊助、法名上西、建, 〔三家考〕, ○諸本長, 中義重, 新田構事, 井二作ル, 義重ニツ, 古我杉渡, 長井渡, キテノ考, 建仁二年正月十四日, 三四四

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  • ○諸本長
  • 中義重
  • 新田構事
  • 井二作ル

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  • 義重ニツ
  • 古我杉渡
  • 長井渡
  • キテノ考

  • 建仁二年正月十四日

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  • 三四四

注記 (27)

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