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修ふかゝりけるか、上人の徳に歸して往生をねがひ、師資の禮をあつ之せ, ○寂日諸書一定セズ、今明月記ニ從ヒテ掲書ス、, て大勸進の職に補せらる、すでに造營をくはだつるころ、工の器用をえら, ばんために、ある番匠をめして屋をつくらんとおもふに、たるきの下に木, 候はずと申けるを、おもふやうあり、たゞつ之れといはれければ、あるまじ, き事しいでて、傍輩にわらはれんこといとよしなきわさに侍りと申す、あ, に攝せられき、治承の逆亂に南都東大寺燒失のあひだ、このひじりをもち, またの番匠みなさやうにのみ申ける中に、一人領掌するあり、かゝる屋、日, ごろもつクりたる事侍りやとゝひ給にさる事は侍らねとも、なにともを, しへ給はんまゝにこそつくり心み侍らめと申ければ、その時まことにそ, 舞をうたん事いかゞあるべきとゝひ給に、番匠さる屋づくりいまだ見及, られけり、大原の座主上人と法談の時も、門弟三十餘人を相率してその座, 俊乘房重源は、上の醍醐の禪徒にて、眞言の薫, 〔法然上人行状畫圖〕, 〔興福寺略年代記〕六月二日、東大寺重源上人入滅、, 大勸進俊乘聖人重源, 後鳥羽院勅號南無阿彌陀佛, 〔法然上人行状畫圖〕細十俊乘房重源は、上の醍醐の禪徒にて、眞言の〓, 文治二四月十日拜任、, 建永元六月五日空定、, 四十, 五, 開祖, 禪徒, 醍醐寺ノ, 依ス, ストノ説, 源空ニ歸, 二日ニ寂, 番匠ヲ試, 大勸進職, 建永元年六月四日, 後鳥羽院勅號南無阿彌陀佛, 五一
割注
- 文治二四月十日拜任、
- 建永元六月五日空定、
- 四十
- 五
- 開祖
頭注
- 禪徒
- 醍醐寺ノ
- 依ス
- ストノ説
- 源空ニ歸
- 二日ニ寂
- 番匠ヲ試
- 大勸進職
柱
- 建永元年六月四日
- 後鳥羽院勅號南無阿彌陀佛
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- 五一
注記 (34)
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