『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.517

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上人流刑のよし、遠近にきこえしかは、津戸三郎爲守ふかくこれをなけき, にしたがふもの市のことし、或は邪見放逸の事業をあらため、或は自力難, あひた脇士をつくりくはへられたるうち、勢至をは上人み例からつくり, 衆、必引導極樂、若我此願念、不令成就者、永不取正覺とぞかきをかれ〓る、勢, いみじくたうとき事にてぞ侍ける、, 常の〓はりをとき、念佛の行をすゝめ給けれは、當國近國の男女貴賤化導, て、遼遠のけかひなりといへとも、武藏國より讚岐國へ書状を進するとき, 行の執情をすてゝ念佛に歸し、往生をとぐるものおほかりけり、邊土の利, 給て、法然本地身、大勢至菩薩、爲度衆生故、顯置此道場、我毎日影向、擁護歸依, え侍る、のの寺の本尊もとは阿彌陀の一尊にておはしましけるを、在國の, 讚岐國子松庄におち〓き給にけり、當庄の内生福寺といふ寺に住して、無, 至の化身として、みづからその躰をあらはしなのり申されたる、まことに, 盆をおもへは、朝恩なりとよろこひ給たるも、まことにことはりにぞおぼ, もるべきよしをぞ申たる、そのゝちは、自行化他念佛のほか他事なかりた, る、, 實薨去ノ條二見ユ, ○中略、四月五日兼, 生福寺二, 女ヲ教化, 同貴賤男, 子松莊ニ, 源空讚岐, 爲守ト源, 武藏津戸, 著ス, 住ス, 空, ス, 承元元年二月十八日, 五一七

割注

  • 實薨去ノ條二見ユ
  • ○中略、四月五日兼

頭注

  • 生福寺二
  • 女ヲ教化
  • 同貴賤男
  • 子松莊ニ
  • 源空讚岐
  • 爲守ト源
  • 武藏津戸
  • 著ス
  • 住ス

  • 承元元年二月十八日

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  • 五一七

注記 (30)

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